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心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

254

「脳みそがある人間だったら誰でも思いつくわ!」

ってこないだ、1つ上とんがった元代表の先輩が、コントの王様を決める大会を見ながら発した言葉をずっと心に刺してる。「ものを考えられる人間なら誰でも」とも。

 

お笑いを好きな人たちと日本一のお笑いを見てたこないだ。審査員日村さんの「これどうやって思いついたの?」って、半ば呆れながらのコメントに「逆に他のネタはどうやって作るかわかるってことでしょ?それの何がすげえんだよ!なぁ!」って元副代表の先輩も続ける。

よくこんな中で80年代みたいなベタベタなことやらせてもらってたなと、過去の命拾いに気づく。

 

日本一のコントを決める2016年の秋は、どうにか新しいものを見せてくれと願ってた。どうにかこうにか見たことないものを見たい。賛否は極論どっちでもいい。そしてそれをオカズに白飯をみんなでたいらげたい。これはあぁだ。あぁそれだ。なるほど発明だね。たしかに発見だね。自分じゃできないのは百も千も万も承知。だからこそ見せてほしいのだ。消費者はいつも底なしの欲張りだ。もう新しいものなんてこの世にないって分かった上でそれでもそういう空気感に包まれてた。未知の価値の勝ち。

逆にちょっとでも読めちゃう展開、ボケ、いや口パサパサなるわには、オモシロいかどうかは置いて、もうある種の恐怖に近いものがある。もういいよ!がテレビの前から聞こえる。もういいだろ!とも。感じてないから声出してないのに、あれ照れてんの?感じちゃったの?いいよ我慢しなくてって聞いちゃうそういうやつ。経験あるでしょ。あ、ない。うい。

 

脳みそがある人間だったら誰でも思いつくわ!

とんでもないツッコミその通り。お笑いだけじゃない。あえて言う。誰にでもできる仕事はチャンピオンになっちゃいけないのだ。全国大会は学級会の頑張ったで賞とはやっぱり違っててほしい。一角獣を待っている。突き抜けた存在を渇望している。明日の当たり前を作る。四角い頭を丸くする。後輩の仕事は、先輩を超えることだ。

歴史が止まっちゃうことが何より怖い。時代が回らないことが何より虚しい。ヒィヒィ言ってるお客さんはもうほんと何なんだよ。いいのかよそれで。止まっちゃうよ。回ってかないよ。プロはお客さんを悪く言っちゃいけないが、お客さんはお客さんを悪く言ってもいい。言っとくけどこれ全部ホシュ的でイノベーティブの真逆にいて言われたことしかやってない今の自分へのもういいよ!です。やめさしてもらうわ。

 

脳みそがある人間だったら誰でも思いつく仕事をしていないか。

ものを考えられる人間なら誰でもできる発想をしていないか。

砂漠でバウムクーヘン、いや口ぱさぱさになるわをやっちゃっていないか。

じゃ僕店員で、ボクお客さんやります。「ウィン」「ウィン」ここどこなんだよを入れていないか。

 

「なんてクセが強い日だ!」とかやってしまいがちな僕の脳内で「つき~ぬけ~たい~」って桜井さんが歌ってる。

253

お姉ちゃんが結婚した!

やったぜ、やりよったぜ、やっとだぜ、やらかしたぜ、やってくれたぜ、やれやれだぜ。おめでとう。ありがとう。本当に。本当に。

 

シャカイ人らしく結果から先に伝えてみた。

多幸感って言葉の消費、それでも。時間とお金と先方が許すなら赤の他人のでも出たいくらい結婚式が楽しくて嬉しくて良かったです。あんな幸せなことはない。お先真っ白、一寸先は光。

いいもん見させてもらいました。お先に勉強させていただきました。

誰が泣くかダービーはなんと主演姉がぶっちぎり。式場のドアが開いて出走の合図。親父と腕を組み歩く姉のボロ泣きの美しさ。わりと小さい頃から自慢の姉だったんだけど自信が確信に(ry。お互いの第一印象は?ってこっぱずかしい質問に旦那さん「ばっ!かわいか~!」ってこれまたこっぱずかしい人だなと思いつつ、でしょでしょって思っちゃう姉バカ弟。ん?姉への弟バカ。小中は姉のおかげで「あそこん家はしっかり者」のブランドが出来上がっていて。子育て上手って母が言われてて、その褒め方、息子も娘も母まで喜ばせる三方良しだなってにやける。アーメンというのはソウナリマスヨウニというイミです。って神父に教わる結婚式。

 

「姉の人生の最初の劇的な変化は僕の誕生でした。」

ってたまに届く田舎からの仕送りに混ざって母からのお手紙。披露宴用に司会者から頼まれて、昔のエピソードをあさって実感したらしい。

初めてのしかも気難しい子育てに奮闘する両親を途方に暮れさせた姉ちゃんが、僕が生まれたことによって「お姉ちゃん」という最強のアイデンティティを手に入れたこと。母から叱られても、僕だけは絶対に自分の味方だって、強くたくましく大きく変身できたとのこと。こっちからしたらおもちゃで奴隷でいい迷惑だったけど、幼少期の写真、爆笑する姉と不安そうな僕の表情が今は、わらけてくる。

例えばモーニング娘。の下敷きを使っていたり、あずきちゃんで乙女心を学んだり、女の人だっておならをするって知ったり、僕自身が姉に影響されまくってるわけなんだけど、なんと僕の存在も姉に一番大きな影響を与えていたらしい。存在の全肯定。果てしない愛。人生で初めてたった1日「新婦の弟」という肩書き。お色直しのエスコートを任命され一緒に歩く姉弟のフシギ。家族のキセキ。

 

育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ。それでも、こちらもそちらも全力で愛を受けこの日を迎え、ここから1つの家族になる。大変なこともあると思うんだ。いや私んちではこうだったって。いやここだけは譲れないって。そりゃ2人は別人で、言ったら何もかもが違うからさ。でもそれもきっとここまでの愛なんだし、これからの愛はこれから一緒に2人で作っていけばいいよねきっと。そうであればいい。ケッコンってすげぇんだから。そうなりますように。アーメン。

思えばただでさえ地震とか噴火とか忘れられない1年だ。ねえねえ泣かせたらただじゃおかねぇからなって、心の中で古波蔵恵達/山田孝之が言っている。これについてはちょっと言ってみたかっただけである。

 

昨晩、新婚さんの女友だちから突然連絡があって、ケンカして旦那が家出て行っちゃったってむかつくってお風呂入ってくるって。はいはいって大丈夫っしょって落ち着いたら仲直りしなっていつも通り適当に、でも気持ち早めに返す。

朝起きたら戻ってきたって2時半くらいにメッセージがあって安心する。なんせ若いんだからたくさん失敗すると思うからさ、そのたびたくさん許しあってほしいな。ケッコンってすげぇんだから。君たちはすげぇんだから。家族ってすげぇんだから。

252

「五感が自殺してる。」

最近よく聞くよく効くご指導。くよくよせずによくよく考えてみる。

 

成果が出て初めて、あ、自分頑張ってたんだなと思う。頑張ってるんですよ、じゃなく、頑張ってるらしいですよと自分ゴトも他人事にしてる。勝ち負けスポーツを9年やっていたプロフィールのわりに、そこらへん日陰でヒンヤリしていることに加えて、所謂「気にしぃ」でもある。

公務員一家初の民間ってのもあるかもしれない。自分が今やってる大中小もところ変わればそりゃ知らないしそんなもんだし、親御さんってのはそもそもちゃんと生きてることだけで安心してる。だからいつも「君の仕事おもしろそうね」って言われると「あ、これはおもしろそうなのか」って発見する。そこからもっとおもしろくなってる。

 

さて、期末。

勝ったり負けたり出る結果。頑張ってなかったんだなとおおいに反省。やるからには勝ちたいという僕もベンチに控えてるんだけど、もっと言うと日々のちっちゃな変化、プチ達成、リトル清原。そういうものに感情の波がそれほど起こらない。

中学野球部の修行が影響しているのかも。

禅道場に通わされ、雑念も、思考も、水泳の授業後の女子ってなんであんなどきどきしちゃうんだろも断つ。無になるムムム。長距離が得意だったのは、ものすごい無表情で走るのが好きで、自分の呼吸だけ数えてたら20km近い全校マラソンもサッカー部のよっちゃんに続いて学年2位だったりした。

高校時代のハイソサイエティが影響しているのかも。

先生のあだ名って普通「ハゲ」とか「短パン野郎」とか見た目発進が多いと思うんだけど、「結果論の西浦先生」と名づけるあたり傍観俯瞰客観。あいつは指導法が結果論だからってあだ名つけるコミュニティに、書いてて思ったけど、僕もあの頃の僕らから「結果論の僕」って名づけられるだろう。ここで一句。メタ認知 してる自分を メタ認知

 

そうした自分の恥ずかしながら美徳生き様行動指針に対して、冒頭の「五感が自殺してる」。

人の目気にせず感情を出す出さないだけの話ではないけれど、日々の変化へのアンテナが弱い。立ってない。アンテナED更年期。こりかたまってる。いやどっち?

負けに慣れ、このままがんばってりゃいつかうまくいくだろうってやつはずっと負け続けるって、キングカズもコラムで言っている。

 

「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う。」

って、アインシュタインのお言葉がこれこれ~と刺さりまくる社会人3年目。「昔から知っていたけどこの瞬間のこれこれ~だったのか名言集」はまたの機会にまとめるとして、

正解だと信じていたものをぶち壊され、アンパンマン、新しい価値観よ!って投げつけられる日々が続く。アレルギーとか摩擦とかそりゃそうだろ、公務員しか知らないやつが民間に潜り込ませてもらってるわけで。そういう意味ではやっぱり時間が大事で続けなくちゃなって思うんですって、昨晩行った近所の洋食屋のマスター石原さんに話してみたら「それは本当にそう。続けてたらいいことある。絶対誰かが見てくれてるから辞めちゃいけない。私も会社員を30で辞めてこの店立てたんだけど」って、いや辞めてんのかーいって、憎々しいくらい肉々しいハンバーグドリアに喰らいつく。

 

早くも10月。

今年もまた、ずるいよ金木犀の香りをまとって、もうすぐ自分の生まれた季節がやってくる。クールジャパン的にクール俺だと思ってた考え方がなんとまぁ「五感の自殺」だったらしく、いっちょ人格を組み立てなおそと、ちょっと楽しんでる期待してるワクワク膨らませてる。君の声を聞かせて、と星野源が歌うように、君の価値観を聞かせて。

センスやひらめきとかじゃなく、持って生まれて育てた五感をみすみす自殺させないように。

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「人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。」という、哲学者・教育者の森信三の言葉は、「しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。」と続いているの、ご存知?

 

お盆と正月は実家に帰らねばと、離れて暮らす末っ子長男のプレッシャーから解き放たれるのがそう、シルバーウィーク。昨年の仙台がものすごく楽しくて、今年どうしようと考えた時、行く理由が一番多かったのが福岡だった。そうだ福岡、行こう。ピンとこなさはさておいて、分かりやすくシーズン大詰めのホークス戦だったり、年男であるうちに見ておきたい自分が生まれた病院だったり街だったり。育ちはカナガワ、クマモトなのですが、拙者3歳児まで福岡人。幼馴染のおばちゃんもいるってもんで想いを西に馳せ。あとこれ書くのヤボでブスイだからホドホドにするけど、長らくフラれ続けた、僕にとってアイドルみたいな人がいる街が実は福岡だったりします。いや、それ目当てじゃねぇかってけっこう簡単なダウト。いやいや何をおっしゃいますやらなんて、取り繕っても恋、好意。彼女からの卒業アルバムの一言が、自分の人生を後押ししてくれたと言ってもカゴンでないゴン。(公文行くもん的)

ゼミの友人にチケットをお願いして、母に生まれた町の情報を聞いて、好きだった子にメールして。LINEは知らない。書けるメールに賭けるしかなく、返事をもらえてとりつけて、人生って素晴らしいぞって15の僕に自慢する。

神さまはそれでも意地悪で、デートを取り付け飛行機を取り付けたその翌日、発生させる台風ラブハリケーン。やめてやめてって子どもみたくダダコネまくったのが通じ、遅れさせてくれて、あぁ、一瞬遅からず早からず。ありがとうを言うのはいつだって今だ。

 

日曜日。お金で解決している部分もあるし、計画的に消費している部分もある。つまりは成田の格安航空へ。ガクセイぶりの成田。ガクセイぶりのLCC。こりゃ度々呟きたくなる旅だなって、ガクセイぶりの相棒リュックサックを背負って思う。早朝の空港は駆け回りたくなるのです。TSUTAYAの雑誌コーナーには源星野の新曲『恋』のインタビューが並び、これまた遅からず早からず。秋雨前線を切り裂いて福岡へ。

 

大学の友人はただのただの仲良しすぎて、よく言う「友達以上恋人未満」の表現で言うと「友達(他に言うことはありません)以上!」である。なんて冗談が言えるくらい楽しいやつでいいやつで。振り返れば13年ぶりだか、ヤフーがオークションまでネーミングに盛り込んだ球場を背景にパシャリ。振り返れば平家物語みたい、ホークスタウン跡地を背景にパシャリ。同じ笑顔のはずなのに後者に漂う哀愁、をよそにおよそ超満員。マッチの2発とバンディの好投。生「熱男」はもう鳥肌。改めてすごいスローガンに、でんつう九州さんに感謝。盛り上がった楽しかった。その昔のスローガン「ダ」もすごく好きだった。ぼくはやっぱり、ことばがすきなんだなぁ、にんげんだもの。あつを。

 

雨が強まる。いくつかの特急があの子の住む街へ連れていく。せっかくのLCCもバカにならない土地勘のないチャレンジングな旅でもいい。アコガれればアコガれるほど、コがれればコがれるほど、想い叶わなかったアイドルに、会える。

219 - 心頭滅却すれば火もまたスズシ

とか

122 - 心頭滅却すれば火もまたスズシ

とか。

お分かりのように勝手に神格化。神ってる。成人式でお写真撮ってもらったくらい。

降りやまない雨と、一生降りない駅が続く。一見平行線に見える二つの日々が実はほんの少し傾いていて、いつか交わることもあるらしいぜって、24の僕から15の僕へ。今夜のご飯は死ぬ前に思い出したいワンシーンに内定が決まっております。目も見られず声もかけられなかった当時言えなかった「かわいいかわいいかよ!」を言ってみようと思います。

駅が近づく。メールが続く。前時代的コミュニケーションはなんて愛しい。ハッシュタグNowplaying サンボマスター世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』と、ハッシュタグNowplaying ORANGE RANGE『ラヴ・パレード』から分かるこのときの「僕」の気持ちを答えなさい。それはそうと『恋』は、どんな曲なんだろうなんて考えて、駅に着く。

 

会えた。話せた。楽しかった。可愛かった。

 

語り尽くせない3時間とちょっとは、ヤボで、ブスイだから、ホドホドに。中学でめぐり合えて、そして今再会できて本当によかった。そうすべて、一瞬も遅からず、早からず。

 

心の奥からのあったかい気持ちで、今晩の宿、高校バスケ部イケメンお調子もんの家へ。1時過ぎに泊めてもらうのだから、エロ漫画の中でも一番クオリティの高い『快楽天』さんを献上する。小一時間くだらない話をする。楽しくてあぁもう、たくさんだ。飲みたい友人がたくさんだ。

 

翌日、まさか家族そろって住んでた街を回る。モノゴコロなぞ当時は備わっておらず、生まれた病院を見ても正直ピンとは来ないけど、懐かしそうな両親の顔を見て、離れて暮らす末っ子長男なりの親孝行ふふふ。よく団地でいなくなってたってエピソードトークの中の僕や、ベランダに来るかもめに「かもめさーーん」って呼びかけてる、前に見た映像の中の姉は、20年以上昔のはずなのに僕には新しかった。姉はもうすぐ嫁ぐので、そういう意味でも仕掛けて正解だった。姉を抱えてゴミ捨てをしてた親父がいたり、出産前に筥崎宮で散歩してた母親がいたり。

幼馴染のみーちゃん家にも行けた。みーちゃんのおばちゃんに10年ぶりに会えて、笑みがこぼれた。みーちゃんの妹あおちゃんにも姉は追い越され、これで完全に団地で一番小さい存在になった。同じ九州だからいつでも会えるでしょって後回ししがちなんだけど、そこにはやっぱり「えいやっ」が必要なんだって改めて思った。まさに「しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。」

 

飛行機は無事に飛び、名残惜しくも東京へ。

あの子とのご飯は死ぬ前に思い出したい夜ランキングに堂々とランクインするし、今回会った人みんな、幸せになってほしい人ランキングに絶対ランクインするし、こんなこと言ってても何の意味もないんだけどそれくらい素晴らしかった1泊2日は、それくらい素晴らしかった1泊2日ランキングにランクインする。

検索履歴に残る、距離感も土地勘も分からない福岡の駅名がいくつか並んでいて、あたたかい。家に帰って荷物をほどき、ちゃっちくて、へろへろなホークスのフラッグに笑う。

 

会いたい人に会えて、それは多分今じゃなきゃダメで、なんとなくでも、これからも「えいやっ」って、実現できるようがんばります。

あつを。

250

すれ違う小学生の数人が「お前あいつのこと好きすぎるよなー」って言って行ってった。好きにもすぎるって状態があったなーって思いながら、勝手に照れて24の夏が行ってった。

 

食べるにしても、寝るにしても、この年になると「過ぎる」はこたえる。過ぎたるはなおてんてんてんを思い出すけど、好きすぎて辛くなるくらいなら、いっそ好きにならなきゃよかったみたいなことなんでしょうか。今夜も月がきれいです、よね、ですよね?よかったー。

 

Negiccoを好きすぎるようになって1年ちょっと経った。

何回でも説明できるそのきっかけはやついフェス2015で、初めましてなのになんでだか前から2列目くらい、今にして思えば新規ファンに優しいでおなじみNegiオタさんのおかげだったのかも。絶好の位置でたしか1曲目「ネガティヴ・ガールズ」の振り付けのあのキャッチーさと真似しやすさに一瞬で心奪われた。雰囲気がそうさせるのか恥ずかしくもなく「自由に」で一緒に踊るのが楽しかった。「二人の遊戯」にアイドルとは思えないカッコよさを感じた。

 

消費者金融に借金してでもDJセットを買い、作業用BGMを僕らに提供してくれるヒッピーみたいな先輩がいて、彼の作るアイドルリミックスとリカルデントで僕は卒論を乗り切ったわけなんだけど、そのリミックスをかけて30分、リカルデントの味が少しなくなりかける頃に流れる「さよならMUSIC 忘れじSONG」 というあの一節が、目の前の女の子3人からも聞こえてきた時、ごんお前だったのかと兵十もびっくりのアハ体験。感動した。あんなに感情をくすぐる一曲がカップリングって聞いてびっくりしたし、ヒッピーさんは何でも聞いてんだなって感動した。一発ではまった。僕は下手に位置していたので、かえぽにめろめろになった。これがセンターだったらなおちゃんに、上手だったらぽんちゃに、同じようにめろめろだったと思う。

今の時代便利なもんで、帰って早速情報収集。僕が気付かなかっただけで、13年アイドルやっている新潟在住のお嬢さんたちの画像を保存しはじめフォローしはじめ、お写真もライブ情報も流れはじめ。初めてのTIFもそりゃいくわけ。握手もそりゃ並ぶわけ。何を話そう。やついフェスすごい良かったです。可愛かったです。えーはい、大好きです。いぇい。

 

1デシベルも言葉を発せなかった。

3人の人柄が素晴らしいあまりついつい話が止まらず列が進まないことで有名なNegiccoの握手会に僕チョーキンチョー。

かえぽにもなおちゃんにもぽんちゃにも「あ、えっと、あ、あ、あ。おう、えん、してま、す。」って。間近で見るお三方はきらきらしているのにとんでもなく気さくで多分いろいろ聞いてくれたと思うんだけど、逃げるように離れた。なんでお前サイドがキンチョーしてんだよって話。ここだけの話その昔、上京したて好奇心と性への憧れがピークだった状況で、ふらついてた秋葉原でアダルティーヴィデオ女優さんのサイン会に並んじゃった時には全然へいへいとしていたのに。恋は盲目、好きは障害。口八丁のアイデンティティをさらに粉々にするのは、普通のおっちゃんなのにメンバーから笑いを取る他のファンで。ドリカムもがっかり、悔しいむなしい大好き。

 

アイドルアカウントを立ち上げた。

いや、正確に言うとシューカツの時、意識高い系をフォローするためだけに作ったアカウントをアイドルさん用に一新。アイドルへ、意識高い系。

それから毎日SNSの向こう岸へ、君に届け。同じく1デシベルも発してはいないんだけど、かわいいとか最高とか、頑張ってとかありがとうとか。気持ち悪いけど、楽しくて。かえぽのTwitterがとても好きで、発見があったり、まっすぐ変だったり、心を掴まれた。

おはようと呟くだけで300人くらいが☆を押すような大人気アイドルへ、埋もれないように言葉を考えるのが楽しい。みなさんがかわいいと送る中、とびきりだな!みたいな。あなたの存在が日々嬉しいです!みたいな。そりゃふぁぼるわって感じです!みたいなどこか違和感のあるメッセージングを。念のためもっかい言っとくと、気持ち悪いけど、楽しいのです。

たまにお気に入りにされるととっても嬉しくて。ハードスケジュールを見て、大変だけど頑張って!とか、「ぽんちゃのツイートから感じられる、10年以上アイドルの前線でばりばりやってるのにまだ垢抜けない、逆に言えばどこまでも尽きない向上心みたいなの、だいすきです。どうぞそのままで!」みたいな呟きをお気に入ってくれると、本当に嬉しい。こっちもそっちも嬉しいが、たくさん溢れるすごい時代。劇団ひとりさんの処女作のアイドルの話にとても共感する。付き合いたいとかじゃないんです。友だちとして好きってヒョウゲンがあるように、アイドルとして好きってヒョウゲンもあると思っていて。いつも笑顔できらきらしていてくれればそれだけでいいっていう、そういう、ただただ腰の低めな、あれです。

 

そんなこんなで1年が経ち、リベンジのTIF。ぽんちゃはものすごくお洒落で絵になる人でinstgramで勝手にときめかせていただいているし、なおちゃんは本当に純真で最近の体調不良大丈夫?まっすぐな歌声がすごく好きですとか、かえぽに関しては好きとか感謝とかいろいろな想いが溢れちゃって整理が大変だぜなんて、なんて話そうかと言葉と想いを頭でメモして。あと、保険のために少しのずるを。お気に入りのTシャツのキャラクターをアイコンにしてるんだけど、そのTシャツを着ていった。あわよくば、このアイコンからいつも好き好き言わせてもらってますと、あわよくば、伝えようと。胸に描かれた鬼太郎にラブレターを渡してもらう。

いざ、握手。アイドルファンのステップの一つ。いざ、認知。

 

最初のぽんちゃがまず、話してたら気づいてくれて「えー!これあれ君だったのか!どこかで見たことあると思った!」ってびっくり&喜んでくださった。もうこれだけで、笑顔で死ねる。なおちゃんは正直すごくあっさり終ってしまい、まだまだだなって少し落ち着いた。笑

そんでもって一番の憧れかえぽさん。同い年で大学を出て、と相当親近感。講義レポートに追われながら売れ始めて忙しくなってた頃の動画を見たりして、あとよくアイドル向いてないんじゃないかって悩んでる姿を見ていて、ちっぽけだけど伝えたい想いを伝え続けた1年間を思い出した。

以下、旦那こんな感じでしたよと五感に焼き付いております。

 

僕「いつもこのアイコンでTwitterやってまして」

かえぽ「えっ、あ!見たことある!いつもリプくれるよね」

僕「はい、好きとか頑張ってとか勝手にすいません」

か「ありがとう~」

僕「かえぽ推しなんです!」

か「えー!!!(世界一可愛いあの笑顔&握ってくださる手が強くなって)」

僕「これからも頑張ってください!大好きです!」

か「ありがとう~(宇宙一可愛いあの笑顔)」

僕「ずっと応援してます!」

か「またTwitterで!」 

 

 

か、

完璧。。。

 

天使。。。

 

あのですね、アイドルの方からまたTwitterで!って言われるこのドキドキ感伝わってます? 

ほっぺたTIFの会場に落っことしちゃった気がした。顔がとろけ目がなくなるくらい笑顔になっちゃったと思う。感動した。報われた気がした。誰が見てるかもわからないSNSの向こう岸へ送り続けて初めて認知してもらえた。Negiccoファンでよかったと心底思う。

ステージは2つとも見て、ポテリッチのやつではNao☆ちゃんがネガティヴ・ガールズをポテリッチ〜私ポテリッチ〜きっとポテリッチ〜みんなポテリッチッチッチッチッチッチッって歌ってて、この人天才だなって笑った。

 

好きが、過ぎて、たとえ辛くなるんだとしても、

Negiccoを好き過ぎる今はとっても楽しくて、

「お前かえぽのこと好きすぎるよなー」ってどうぞ冷やかしてください。

よせやいって、やめろいって、幸せな顔してると思います。

249

「アサヒに入社したら、キリンは一生飲まなくなるのよ。本当よ。」と、

新卒ジョブハンティング時代に、とある会社の熱心な人事に言われたことを、

大ほら吹くもんだなぁシャカイ人はと思っていたけれど、

うちの品物がお店屋さんに並んでいるところを見るとすこし嬉しくなったり、奥の方にあると前の方に並べちゃったり、

持ってる時間の大半を過ごす環境に、染まってくそんな3年目。

 

1日5回は眠たい疲れた腹減ったが話しかけ、

1日4回はどうか平穏な日々をと願う。

1日3回は貢献度の低さから逃げたくなるけど、

1日2回は認められたい褒められたいがくすぐってくる。

僕のマズローのてっぺんはなんだろう。ちょいと自己実現でぐぐってみる。

 

Negiccoの連載を読むためだけに毎月630円払っているアイドル誌にはライター募集の広告が出ていて、そんな気はなくてもそんな気を起こさせる。朝長美桜のグラビアはまた違ったそんな気を起こさせる。あぁできない、が積み重なる日々は、あっちだったらと言い訳をしがち。

自分の居場所を作れない軟弱モンには『会社を替えても、あなたは変わらない』なんて書籍タイトルが刺さる刺さる。人一倍、自分の弱いところが明確で明白で、コンプレックスですらなるようになると逃げ続けてきたツケが重い重い。お会計して~。

 

有難くも今年もまた、浜松のお客様からお仕事をいただく。

タクシーの運転手さんが、聞いてもないのだけれど、楽器の町と言われる所以を話してくれて曰く。

時計や医療器具の修理工だった山葉寅楠のもとに、近所の小学校からオルガンを直してくれないかと修理の頼み事。時計や医療器具が直せるならオルガンもできるっしょと相当な無茶ぶり。

西洋からの輸入品である高価な木製オルガンの蓋を開けると、彼はすぐに壊れた個所に気がついた。修理を行うとともに、彼は構造をスケッチし、これくらいなら自分でも作れると言った。国産にすれば半分以下の費用でもっと良いオルガンが作れると。そうすればもっと日本の音楽教育は普及すると。

2か月後、自らの手で日本初の国産オルガンを完成させる。試作には地元の飾り職人をしていた河合喜三郎も協力していた。実はこの河合喜三郎の親戚で、山葉寅楠に弟子入りしていた河合小市という人物が、のちの河合楽器の創業者でもある。キョウゴウ、いとをかし。

ここからはよくコピペされてる話なんだけど、ピアノを作る木工ノウハウがたまったから家具を作る。家具作れるなら木製のプロペラも作れるっしょと陸軍から頼まれて作る。その実験用のエンジン開発がのちのヤマハ発動機へ続く。バイクを作ったりテニスラケットを作ったり音響機器を作ったり。なければ作るの文化が創業以来ずっと続いてきた。

 

浜松の言葉に「やらまいか」という言葉がある。

「とにかくやってみよう」「やろうじゃないか」という意味であり、チャレンジ精神が言葉に根付いている。ちょっとしたシリコンバレーのよう、ヤマハ、ホンダなど多くの起業家を生んだ。

 

そしてもう1つ、楽器の街の浜松は、出世の街でもある。

天下を取るため、まず武田信玄を倒さなければと考えた徳川家康岡崎城を長男に譲り、浜松城を築城。浜松在城の17年の間、姉川、長篠、小牧・長久手の戦い三方ヶ原の合戦など、のちの徳川260年を支える試練の時代を過ごしたと言われている。

当時、睡魔を耐え凌ぐだけのある意味試練の時代だった日本史の時間を、10年近くたってようやく後悔する。せぐっちゃんごめんなさい。

 

僕のマズローのてっぺんに、今んとこ出世の文字はボールペンくらい細いんだけど。なんとなくこういう生き方をしたいなってものはあって、そろそろ名前をつけないとと思う。それは例えば、いとうせいこうが売れなくても書けなくても自分は作る人だって言い張って「作家だ」って名乗っていたように。『何者』は何も、シューカツ生だけの悩みじゃないぜ。

分かりやすく星野源に励まされ、『化物』を聞いて泥のような日々の自分にそれでも期待する。彼の、いろいろをぐちゃぐちゃにしてアウトプットするという生き方がとても好きだ。

そういうイミではいろいろを与えてくれる今の環境は逃げるにはあまりにもったいない。なければ作るってのは、モノもそうだし、シゴトもそうだし、イバショもそうだと思う。ギョーカイが大きく変わるポスト2020に向けて、自分がどのシーンに身を置くか考えはじめる。なに、キャッチコピーを10本も書かせれば、その人のモノの見方はよくわかるもんなのです。キャパシティの割りに合わない自己顕示承認欲求が、今日もグッジョブ!を探してる。

 

やらまいか。

海水浴に行けない夏は、ネットの海に、心のおもらし。

248

夏だ。

洗濯物があっという間に乾くわ、チュッチュピカピカ。午前のうちに2回まわして、午後2時にもう取り込む。乾いたシーツ、くたびれたスーツ、汗でまた濡らすお昼下がりのぶら下がり。

夏だ。

ポキモンGOもやってはみてもいるけれど、How to playはわからずじまい。出ない。1匹も出ない。原から新まで宿から宿へ歩いてみても1匹も出なかったことをtweetすると、OLになるという夢を叶えたOLから「それおかしいよ」とreply。「狭山市駅だけで4匹捕まえたし」と続き、狭山市だからだろと笑う。それ、可笑しいよ。

夏だ。

日差しに気をつけなくちゃいけないのは、目じゃなく肌じゃなく唇だってさほんとはさ。昔イガク部の知り合いに教えてもらったから間違いない。サングラスよりサンオイルよりサンリップクリーム。僕らは顔の目立つ部分に粘膜を飾っている。

夏だ。

コンビニの奥、どぎついコーナーの表紙の文字がテッカテカってか、踊る輝きだす。「生まれて初めてサカってます。」ってあほあほしい自己申告に笑っちゃう。夏風邪ですかねなんか棒状の薬出しときますね、お大事に。自分を、お大事に。

夏だ。

「無茶な口説き方して」っていまさらハマりまくってる源星野の、好きな一節『Week End』。今日ライブDVD買って、明日雑談集買って、明後日動画あさって。multi talentのアウトプットは、いろいろをぐちゃぐちゃに消化してさてどんなうんこが出る。取り入れてみようと思う。書き続けようと思う。

夏だ。

「最近何してんの?」って聞かれたときは、「頑張ってる途中。」って答えるって決めている。その昔ある先輩がSNSでそう切り返してて、拝借したいなと。海だけじゃなく山まで休みを取るような今年は、よりいっそう頑張ってる途中が必要だ。

夏なのに。

一向にモテない。一考の余地あり。

夏だ。

ノースリーブとか浴衣とか水着とか。冬の恰好の方が好きなことを忘れさせるほど、アイドルは力強い。「世界一じゃない、世界唯一だ。」という言葉が当てはまるお台場のアイドルフェスは今からとっても楽しみで。どうせ手のひらで踊るのならば、変な踊り方でも、あの子が笑ってくれればいいやって思う。

夏だ。

情熱はどこだ。本気はどこだ。温度はどこだ。期待はどこだ。使命はどこだ。傾倒はどこだ。未来はどこだ。証明はどこだ。真実はどこだ。罫線はどこだ。引力はどこだ。

夏だ。

平成28年の、夏が始まる。