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心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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2013-05-07 01:53:44 

 

子どもの日が終わってしまった。

子ども大臣は今年も大忙しだった。

 

子ども大臣とは、閣僚名簿にこそ載ってはいないものの

この日本という成熟しきった国において欠かすことのできないポストである。

実は、復興大臣の下くらいの重要度で実権を握っている。

(ちなみに子ども大臣のように閣僚名簿に載っていない役職、すなわち国民に知られていないポストは他にも全部で35ある。このことはタゴンムヨウだから気をつけよう。)

 

さて、子ども大臣の仕事を紹介しよう。

仕事と言っても年に一度しか出番はない

そう、子どもの日だ。

 

5月の5日

全身全霊思いっきりの子どもでいることこそが大臣の仕事だ。

もちろん、一切の妥協は許されない。

GW真っ只中、大臣自らあれやりたいここに行きたいとだだをこね

人目を気にせずやりたい放題して、他の大臣をぽろんぽろんに困らせる。

これが、これだけが、子ども大臣の仕事だ。

 

一昨年の子ども大臣はベタだった。

「朝にゆにばーさるすたじお行ってー、昼にでぃずにー行ってー、夜はとうきょうどーむでやきゅう見たいー。でなきゃ泣く。」

と言って聞かなかった。

最後らへんは他の大臣も当の子ども大臣も半泣きだった。

 

去年の子ども大臣は圧倒的で子ども大臣史に名を残した。

裸で首相官邸に現れクソを撒き散らしながら全力でかくれんぼをした。

もちろんうんこがヒントになりどこに隠れてもすぐに見つかるのだが、

見つかっても、クソをしたのは自分ではないと言って泣く。

かける言葉がないとはこのことで、最高に子どもだった。

 

さて、今年の子ども大臣

ご自慢のキラキラネームでやってきた。

前年を踏襲する形で、まず首相官邸でいきんだが、調子が悪かったようで

かわいらしい屁が響いた。

その後は国会に場所を移し、奇声をあげながらマヨネーズを塗り回った。

最初のうちは、議員の氏名標にマヨネーズをつけて舐めまわすだけだったが、飽き足らず

官房長官の頭にこぼれないようにちょっとずつマヨネーズを垂らしていくのは見事だった。

今年も、大成功だった。

 

 

場所を移してその夜、打ち上げの子ども部屋。

たくさんのおもちゃに囲まれ、テレビからは機関車トーマスの声がする。

 

「いやはや、大臣のお勤めご苦労様」とシャンメリーを片手に一昨年の子ども大臣。

「いやぁプレッシャーでしたけどおかげさまで。しかしよく去年脱糞できましたね、あれはできない」と今年の大臣。

「なぁに、簡単だよ、だって俺、子どもだもん」とおどけてみせる去年の大臣。

「いやそれ言うなら俺らみんな子どもだよ!トーマスっ子だぜばーろ!」と一昨年の大臣のツッコミが入り、一同ドッとなる。

 

「いやいや、それにしても…」ツッコミを済ませた一昨年の大臣が真顔に戻って口を開く。

 

「もし、我々がいなければオトナはいつまでもオトナになれないんだよな。

それくらいコドモってのは楽しくて幸せで自由なのさ。

 

もちろん、オトナにはオトナの楽しさと幸せと自由があるよ。

でもほとんどのオトナはそれに気づけずコドモでいようとする。

気づけない、から、と言った方が正しいかな。

いずれにせよ、コドモでいようとするオトナは少なくない。

 

そこで我々の出番だ。

恐ろしくコドモである我々を見て、はじめて

オトナはオトナにならなければならないことを知る。

 

順番なのさ、コドモの時間、オトナの時間、そして老いが来て、いつかみんな死ぬ。

 

子どもの日は

大人が子どもを見て、自分はもう子どもではないと気づき

大人であろうとする

そんな、年に一度の貴重な日なんだよね。

 

こんなに成熟した日本では

退化をよしとする考えの持ち主もでてくるだろう。

すべて斜陽だと、言い切るかもしれない。

だからこそ年に一度でも、こうして

人の、順番を、回してかなくちゃならないことを

世の中に教えていくんだよね。そうだろ?」

 

一昨年の大臣が周りを見渡すも、去年と今年の大臣はぐっすり夢の中だった。

 

「…なるほど。順番、か。」

 

そう言って、

一昨年の大臣はリモコンを手に取り

 

見ていた『機関車トーマス』を

朝まで生テレビ』に、変えた。