心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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新しいこと始めるの、実は春でなく秋がいいんじゃない?って思ってる。

 

お気に入りの洋服がいつの間にかバザーに出されてて、望んでもなかった「おニュー」が勝手に押し寄せるみたいな春は、僕なんかついていくので精一杯。コミュニティの中でおもしろいを押さえにいくのに時間がかかる。先におもしろいを押さえられるとけっこうシャクだったりする。

それに対して、落ち着きを見せ、来季を見据え、企みにあける秋はいい。長い夜のお供にポケモン銀を始めてしまって、サイコキネシスの懐かしさ。なんにせよ涼しくなった秋の風はチャレンジングに跳びやすい。のでは。

 

結婚・出産以外のニュースをあげるのはおじさま達しかほぼいないFacebookのタイムラインに、こないだゼミの仲良しが転職のお知らせをあげていた。曰く、3年半勤めた銀行をやめて10月からNYで働きます、と。2017年正月に引いたおみくじの写メ(死語)を添えて。

ほへー、すごい行動力。福岡出身者の飛び出す精神はどいつもすごかね~なんて感心しながらその写メ(今の子で言うインスタ)のおみくじを読んでみる。

「運勢:変革の運気です。良い意味で変化がもたらされる運勢にあります。変わることによって運気も向上します。一時的に壁に突き当たることがあっても、それを破ることによって新しい境地が開けます。」

これ、書いた人は絶対そのつもりがなくっても、この一文をきっかけにして羽にして後押しにして、今まさに羽ばたこうとしている人がいっ

 

ん、これ、おみくじ小吉だ!!

 

久々にびびったぜ二度見。こういう背中を押してくれる系のおみくじの相場は大吉って決まってるのに、小吉のおみくじの写メ(いや、インスタて)で飛び立とうとしているたくましいゼミの女子を見て笑いながらいいねを押してみる。

なんとなく誰かがせーのって言ってくれる。はいここですよって手元の回答ランプが光ってくれる。そんな風に、何かは分からないけどきっかけを待っている心持ちだったけど、そんなもんねぇなって思い知らされる。

「何がすごいって、何がらしいって、これおみくじ小吉なんですよ。それ全く関係なくどこ吹く風って受け流して都合いいところをエネルギーに変えてるの、本当にすごいわ!がんばれ!!」って僕のコメント、そいつの周りで少しだけ好評だったっぽくてわざわざお礼のLINEをくれる。そういうありがとうを漏れなく伝えてくれるいいやつだから、ゼミ合宿のバスの車内でいきなりラジオをやれと言われても、半年に一度のゼミの納会でサーバーから直接ワインを口に注がれても、ファンだったら殺意を抱くだろうaikoのキラキラを何度聞いても歌詞を覚えずいい加減に歌うのも、許せるいや、どうかな、思い出したら腹が立ってきたな。

大丈夫、なんてったってキャリアウーマンが流行った年だ。きっとうまくいく。ニューヨークに会いに行ってあげたいなと思う。

 

久しぶりにちゃんとしたおデートを予定したその日に台風が直撃するという、秋雨前線と自分の雨男っぷりを恨んだこないだの3連休。「雨だから人空いてるよきっと」って深海展に付き合ってくれる優しさを好いてるよきっと。結果、110分待ちで、都民暇かよなんて思ったりしたけど。

話戻して出発前の台風中継。ちらっと見てたら地方局のレポーター、なんとお笑いサークル時代の後輩ではあるまいか。サイト調べたらちゃんと地方局のアナウンサーになっていた。

ほへー、すごい行動力。個人的にちょっと思い入れがあって、当時僕4年生、彼1年生。就活の合間を縫ってシンカンのお手伝いに繰り出していた時のこと。ブースで先輩風吹かしながら、まともな人間もいるよって安心感、付加しながら。説明続ける僕のもとに、将来アナウンサーになりたいんですと彼がやってきた。アナウンス研究会なり、放送研究会なり、1年生の奪い合いに負けぬようほらを吹く「このサークルでもアナウンサーなれるよ、多分きっと知らないけど」と。

当時、たまたま自分がテレビ局のアナウンサー試験をうけている最中だったから、面接の話とかいろいろ話すことができたのだ。たしか3次面接くらいまで行ってて、カメラテストとかしたっけな。3次ともなるとカメラテストがある。サイコロの目に書いてあるトークテーマで1分間のアドリブトークを求められる。何が出るかな何が出るかな、タララランランタラララン「私の秘密」、ハイはじめ。

今だったら、

実はこの苗字は源頼朝が命名したんです。時は鎌倉、群馬の山奥に源頼朝が来た時のこと。当然何かお納めしないといけない。やれ山菜だ、やれ反物だ、やれだるま弁当だと周りがやっていた中で、海なし県群馬で魚が食べられたらきっと感動するに違いないって閃いた僕の先祖様、川をせき止めて川魚を獲ってそいつを献上した。すると頼朝様、こんな山奥で魚が食えるとは、ってえらく感動され、お前に名字を授けようはいって僕の名字ができたそうです。まぁ、これ聞いたの親父からなので、親父が大ほら吹きの可能性も残っていますが。

とか、

実は帰国子女なんです。アメリカの思い出は、キンダーガーデンの先生がいくらストップストップって言っても、遠慮すんなよユーこれ好きでしょってなぜか笑顔でピーナッツバターを塗るのを止めてくれず、吐きそうなくらいゲロ甘トーストを食べたことです。あと僕より顔の濃い親父が、税関通るたびにお前は本当に日本人かって疑われまくってたことです。

 

とか言えるんだけど、当時は緊張感と練習不足が甚だしくって、あと親父をオチに使うのはどうなんだって葛藤があってやらかしちゃった。こんな風に答えた。

はい、実は私野球を9年間やっておりました。小学校の先生の指導が「インコースはよけずに当たって塁に出ろ」でしたので、体をひねってよく当たっていたのですが、人間の体のフシギでしょうか?実は私の左太ももの裏に、野球ボールサイズで毛が密集して生えているエリアがございます。僕はそこをこう呼んでいます、「エリア51」と。、、はい。

えーーーーーーーーーーーーーっと、以上です。

 

40秒ほどあまして終了した。

無言の40秒ののち、機材のスタッフさんから「あーいOK」と声がかかった。元気なくなっちゃったのかよと思うくらい小声だった。当然、落ちた。まぁ、今にして思えば面接試験の時点で「3次試験、今の気分はどう?」って聞かれた最初の質問に「はい、もう満足です!」と答えてしまった時点で記念受験っぷりが滲み出てたと思う。人生エピソードトーク作りだなぁってこの辺から思っている。

 

みたいな、僕のアナウンサー就活体験記をちゃんと聞いてくれた。別に当人の努力がすごい世界なので、別に自分がどうではなく、単なる後輩スゲェんだぜ自慢に留めておくけども、一瞬の一言の時間の言葉の共有が、人生を左右する影響する、びっくりさせるドッキリさせる。

これまたイイカゲンな持論なんだけど、僕は関わった人が後に何かしらチャンピオンだとかその世界の有名人になるってことが本当に多くて、もはやそういう力が自分にほんの少しだけあんじゃねぇかって思ってる。なんかそういう類のサイコキネシスが。もちろん当人の努力でしかないんだけど、都合よくカイシャクして僕と僕の知り合いだけなんでだかいいことありますように、って散歩にでも繰り出す秋の風。

歩いて考えるに僕の仕事には、明日のスターを作り出すような部分もあって、社内でもよく「今、おもしろい20代って誰だろね?」みたいな会話が頻繁に繰り広げられている。おもしろいがこれまた広いんだけど、その辺のアンテナが今今はすごく弱くって、思ったより自分は人に興味がないし、おもしろいの捉え方も狭いなって、ようやく気付いた。ムチのチ、ここからである。

 

書いてて思い出したけど、一瞬の一言の時間の言葉の共有が、人生を左右する影響する、びっくりさせるドッキリさせる。ってあるな。

その昔、高校時代。うちの高校は論文を書かせる時間があって僕なんかはいい加減だから「話芸~なぜ彼らはオモシロいのか~」なんつって、内容はすべらない話のDVDをひたすら見てこの話いいよってレコメンドするだけだったけど。

ある女の子は、クラスメイトへのアンケート結果を元に、知らず知らずのうちに覚えている「広告」というものを掘り下げた論文を書いていた。とても良くできた内容だったと覚えている。んで、その論文のタイトルがズバリ「広告サイコキネシス」だった。

高校時代全く関わりがなかったんだけど、10年経った今、オシゴトの領域が近くてたまにその子とTwitterで話したり、ご飯に行ったり、広告についてお話してるの、これまた1つのサイコキネシス。こうかはばつぐんだ。

あれ?であれば僕、毒タイプ?ドガ―!(ドガ―スの鳴き声)

 

学生時代、小さな広告賞で受賞した時に書いた自分の受賞コメントを読み返す。

「世界の名言集」を読み漁るマセガキが、中・高・大学と加速度的にオモシロい人たちのオモシロい言葉にふれ、こうなりました。今後は社会にて、仕上げていきたく思います。

 

相変わらず実力が伴っておらずトラブルを引き起こして、胃が胃た胃ときもそりゃあるんだけど、自分がよく言われる「ケツの穴のちいせぇ男だな」って言葉で言うと、その点では、そういう意味においては、最近はおかげさまでケツの穴を広げる仕事をしているし、もっともっとケツの穴を広げていきたいと思う。

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