心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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品川駅ともなると改札の中も充実していて本屋やユニクロエキュートっていう商業施設やビジネスマン用のランチなど充実してるんだけどその中によく昼飯を食べる定食屋がある。マグロの切り落とし丼600円を立ち食いでさっと掻き込んで舌に味を書き込んで、一丁前につまようじでシーハーハーヒーヒズヒムしてまるで何もなかったかのように出てくる。それが月に1ないし2回。このお店の何がいいかって、終始声出し続けてる元気なお姉さんがいることだ。「いらっしゃいませご注文をどうぞランチメニューは立ち食いになりますがいいですかはいまぐろいっちょう、はいまぐろいっちょう!食券持ってお待ちくださいお飲み物はセルフですあ、ごめんなさいねー今片付けますお客様よろしかったらお漬物ありますのでどうぞーはいいらっしゃいませーご注文をどうぞあっ緑がお醤油です」ってもうずーっと一人で喋ってるの。元気いっぱい。少なくとも僕が店にいる10-20分間ずっと。まぐろ丼食べながら、止まると死んじゃうまぐろみたいなお姉さんを見てる聞いてる。新鮮なマグロが食べられるんです!とか昼からボリューミーで元気出ます!とかの感想は差し置いてただシンプルに「うわぁうるさいなぁ!」ってなるの。なんてこの人はこんなにうるさいんだろうなぁ!って。そもそも目まぐるしい品川の昼。「もくもくと」の文字が黙る黙るであるように、閑さや岩にしみいるお姉さんの声。いつ行ってもずーっと喋ってるお姉さんを見て、今日もまたずーとうるさいなぁって思ってる僕。昔ドイツはミュンヘンに行ったとき、小麦粉をくっちゃくちゃにしたやつをチーズでベッチョベチョにして焼き目をつける伝統料理を食べた時、美味しいなぁとかチーズだなぁの前にただ一言だけ「腹にたまるなぁ!」しか出てこなかったあの感覚にかなり近い。この場合、うるさいなぁはもちろん褒め言葉だ。うるさくなくちゃ。できるだけうるさくあってほしい。一秒の沈黙もいらない。Beうるさい。うるさくあれ。え、僕うるさい?よく行く千川のつけ麺やのおばちゃんもこちらもこちらでとってもうるさい。こっちはすこし甲高い声で「はいじゃあいくよお釣りの確認しますねー、まず200円はいどうぞそして残り20円ですはいありがとうーまいどー!」ってお釣りの確認までうるさくてそこがすごくいい。うるさい店が嫌いという人もいるかもしれないけど、当たり前のようにうるさい人はこちらが覚悟できているならそこまでヤじゃないぜ。むしろ尊敬すら覚える。僕なんか人前だけ元気なだけで素はひっそり昨日の失敗と成功を頭でなぞっていて失敗が多い日にゃ、もう一生梱包作業だけやってたいなアッセンブリしてたいなってなったりする。いや、分からん彼女たちもそれなりに落ち込むことがあるのかもしれん。クローズでお金合わないときとか、アッセンブリしてたくなるのかな。ただ僕らの前で見せるあのうるささ。当たり前のように、息を吐くように、流れるように「うるさい」あの姿こそプロだ。そして多分、お姉さんもおばちゃんもそれが”普通”なのだ。”日常”でもいい。そんなこと考えて思い出したけど、すごいやつって、何がすごいか分からないように、すごくいることがある。

 

話題の崎山蒼志君がすごいのは言うまでもない。彼にとってはそれが”普通”なんだろうけど、僕らは心が揺さぶられる。感動する。繰り返し聞きたくなる。

www.youtube.com

話題になったこの動画以外にもyoutubeに上がっている曲、他にもかなり良い。

爆笑問題太田さんの新刊『違和感』の中で表現についてこんな風に書かれている。「本物の表現というのは、未来の表現者に2つの感情を同時に与えるのだと思う。ピカソしかりヴォガネットしかり、ビートたけししかり立川談志しかり。それは、あぁとても敵わないということと、いや、俺もやってみたい。という矛盾する思い。ビートルズを聞いて俺たちはビートルズになれるわけがない、けど俺たちもやってみたい!と志したバンドが多かったように。」きっと崎山君の動画を見て、音楽を始める子も多いと思う。僕ですらピアノまた弾きたいなってホコリごとキーボード引っ張り出してきた。

TSUTAYAでメロディを聞く前にまず歌詞カードを読んじゃう人間として、彼の書く詞も正直意味わかんなくて超かっこいいのよ。印象的なのはその単語。「冬 雪 ぬれて溶ける 君と夜と春」「針」「泪」なんてことない今まで何回も見てきた単語が急に鋭利に心を突いてくるこの漢字、感じ。

僕が社会人1年目の頃から仕事でご一緒させていただいている電通の玉山さんというコピーライターの方が、この感情をとても丁寧に(そしてお洒落に)書き表していた文章を見つけたのでご紹介します。広告クリエイティブ専門誌『ブレーン』にてプロのコピーライターの方に「コピーの作法」を寄稿してもらっているこの回。

 

玉山貴康、照井晶博のコピーの作法 | ブレーンデジタル版

引用 「言葉は、人間の記憶の集合体。」

たとえば、「海」という字。
この言葉を見て、何を思い出しますか?…「どこまでも続く水平線」だったり、
「打ち寄せる波の音」だったり、「青さ」だったり、
「海水のしょっぱさ」だったり、
「水着」や「素足で歩いた砂浜の感触」だったり、いろいろあると思います。
ではもうひとつ、「家」という字はどうでしょう?…「家族」だったり、
「故郷」だったり、「暖かい」だったり、
「飼っているペット」や「おふくろの味」だったりするかもしれませんね。
その言葉を見て、人それぞれに何か思い出すものがある。
つまり、言葉というものは、「人間の記憶の集合体」なのかもしれないと思うのです。
言葉の奥(もしくは先)には、風景や色や音や声や匂いや温度や感触や味覚や
さまざまなものが存在している。
言葉の正体は、じつは「それら情報」なのではないか。
実際に目で見えている言葉自体は、それら情報を中に含む「記号」なのかもしれない。
そんなふうに考え直してみると、
これまでいかに言葉を表面的にしかとらえてなかったか。
モノゴトの本質を見抜くヒントが隠されている気がしたのです。
たった一言でもそこには膨大な情報が在るんだと気づいたとき、
目に見えないものこそ大事にしようとする気持ちが生まれました。
とてもありふれたなんでもない言葉を前よりずっと大切に扱うようになりました。
コピーライターとは、そんな言葉が内在している情報性を駆使して、
商品や企業や社会のために役立たせる職業なのかもしれません。
コピーに対してもこう考えるようになりました。
広告の中に置かれている文字がコピーではなくて、
その文字に触れた受け手が心の中にどういう読後感を抱くか、
それそのものがコピーなのではないかと。
文字がコピーじゃない。受け手が感じ、心に残ったものがコピーなんだと。
さて、もうあと数十字で終わります。
僕のパートで、あなたの心の中に何か残っていたらうれしいな。
…それが、僕のコピーです。

 

玉山さんから教わった「言葉は刺激物、読後感こそ作品」とはまさに。崎山君はそもそもギターのテクニックやメロディ、年齢、ルックス、話し方それら全てが取り上げられがちなんだけど、彼の歌を聞いて言葉、単語からもらう感情の揺さぶられ方はこういうことか、と腑に落ちた。

コピーはアートではない。作品とは一緒にするな。という声もあって当然。だけど、誰でも発信できるこの時代に言葉の面白さとか、言葉で課題解決することの魅力とかに気付く人が増えたらコピーライターに限らずおもしろいなぁと思います。

みんなやってたでしょmixiみたいにブログとか書けばいいんじゃないかな。足あと、付けにいくからさ。

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