心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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親父の方のじいさんばあさんはどちらももう亡くなっちゃったんだけど、じいさんは五目並べを、ばあさんは笑点を僕に教えてくれた。群馬の田舎の奥のほう。1時間に1本あるかないかの電車。四方を畑と小川に囲まれた家で2人と一緒に過ごした時間は、いつ思い出しても温かくって楽しいものである。

働き者ってググったら上位表示されそうな親父の母ちゃん僕のばあちゃんは、それはそれは忍耐強く畑仕事に勤しむ口数の少ない小さなおばあさんだったけど、意外にも結構くだらないお笑いが好きだった。覚えてるのはオールスター感謝祭。お笑い芸人のローション相撲を見ながらひぃひぃ笑い泣きしてるばあさんと親父を見たとき、幼心に親子でツボ一緒ですやんって感動した記憶がある。古典的なお笑いの破壊力を知った。今年入ってきた平成は8年生まれの後輩はテレビはおろかPCすら持たない新世代で、家に帰ったらまずテレビをつける親父のもとで育った自分とは大違いだ。さとり世代はその感情を何ゴミに吐き出すの。ローション相撲の面白さは彼に伝わるだろうか。

 

笑点の司会者桂歌丸師匠が亡くなった。歌丸さんの話で思い出すのは前に朝刊で読んだ師匠のインタビュー。
20歳のころ当時の師匠に反発し、2年間破門状態に。そのとき化粧品の営業をやっていた経験が落語に生きているらしく「この人はこんなことに困っているのでは」と相手が見えるようになり、「営業マンは商品を売るんじゃない、人間を売るんだ」という言葉が今に繋がっていると。

曰く、薄情な人間は薄情な落語しかできない。人情味のある人だから人情味のある落語ができる。まさに「芸は人なり」。「若いころの苦労は買ってでも」と同時に忘れてはいけないのは「何年か先、その苦労話を笑い話に変えなさい」という古今亭今輔師匠の言葉。

苦労は大事だけれど、あんまりその苦労が染み込んじゃうと、芸が暗くなる、芸に「汚れ」が出ちゃうっていうんです。
背負った苦労を、一度フィルターにかけて、陽気な笑い話に変える。これが噺家の仕事です。苦労話は、まくらに使うぐらいがちょうどいいんです。

とのこと、かっちょいい。

 

僕自身、案外そんなに想像もしてなかったエイギョウマンという仕事を4年と3ヶ月と9営業日やらせてもらっている。Mr.ミスとばかりに先輩上司に尻拭いをお願いするばかり、切れ痔になりそうな日々だけど、いい30代を迎えるためのちょっと炎天下多めの予行演習の日々だと思えば力は尽きない。そもそもミスするって残念なカタカナ英語。正しくはmake a mistakeだし、get wrongだし、カツオだしコンブだし。背負った苦労を、一度フィルターにかけて、陽気な笑い話に変える。「あなたのようにあたしも大丈夫になりたい」とaikoが歌う『雲は白リンゴは赤』のこの一節、たまに呟いてみたくなる。

正直と野暮は紙一重。石橋を叩きすぎるノンデリカシー。僕もたまにやっちゃうんだけど、起こったことや怒ったことをまんま書いちゃうのはワロシ、わろえない。「あったことをそのまま書くほど落ちぶれたらあかんで」と田辺聖子先生は仰っている。あの時お誘いしてたら2次会付き合ってくれました?なんて後で聞いても嬉しくない答え合わせは書いちゃ聞いちゃ悔いちゃならないのである。それに、ホントの答えはいつも誰も持ち合わせてないから、自分がどうしたいかが大事だったりする。

さて、お笑い論に振ろうか、仕事論に振ろうか、はたまたこないだ早稲田松竹で見た『勝手にふるえてろ』の松岡茉優の拗らせたメンドくささが醸す愛おしさの素晴らしさに振ろうか。アウトプットが乏しい時は、インプットが乏しい時だとも言えるけど、見えてないようでいて今回のゴールはユーモアとサービス精神という話になりそうな気がするしています。

タイの洞窟に閉じ込められてしまった13人の子どもたちが無事に全員救出された世界的ハッピーニュースはあまりに逸話だらけ。英国人ダイバーが最初に子どもたちを見つけた瞬間、そのうちの1人の子どもは隣の子に向かって「マジかよ!オレたち、水から逃げているうちにイギリスまで来ちゃったぜ!」とボケをかましたらしい。この優しさよ。この"大丈夫さ"よ。

新宿タワレコNegiccoの最新アルバムを買って、袋詰めを待つ間にきっと僕にこにこを隠しきれなかったんだと思うけど、店員の女性が商品渡すとき笑顔で一言「Negiccoさん15周年おめでとうございます!」ってこの優しさよ。この"心配りさ"よ。単なる接客マニュアルの1つかもしれないけど、それで嬉しくなるなら言わない手はない。「髪切った?」とか「コンビニ行くけどアイスいる?」とか繰り出す機会を伺っている。

 

「その人からもらった"嬉しい"の総量がある一定ラインを超えたとき、人は人を好きになる」って個人的に思っていて、もし万が一、両想いのおまじないみたいなものがあるとしたらそういうことだと思ってる。お笑いにしても営業にしても、大丈夫であること。心を配ること。ユーモアとサービス精神を持つこと。嬉しいを届けること。そりゃま、悲しいかな周りが続々とケッコンし、パパママになる中で結果が伴ってないのは恥ずかしさ以外の何物でもないんだけど、もうちょい時間をかけて学習なさいよということだと思って、"嬉しい"の種類を考えることにする。

幸い、僕の周りのおもしろい人みんなすごく優しい。誰かにとって、この夏1番嬉しかった人になりたいなと思う。