心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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ふと見たスマホのメモに「創造できない僕は経験するしかない。」って言葉がぽつんと書いてあった。誰に何を言われたわけでもなさそうだし、いつ書いたのかも分からないけど、きっと書いたのは自分で、だろなって自分が思う。
思えばありがたいことに、たまに全社の前でスピーチする機会があって、こりゃ役に立つ話をって一丁前に偉人のエピソードや成功者の心構えを拝借したりするんだけどこれがまぁ伝わらない。話してて上滑りする感覚はお笑いサークルのネタ見せ以来で、そんな時たいてい自分の焦りが伝わって相方が地獄のように噛んだりして。
逆に「今日のスピーチよかったよ!」と言ってもらう時もあって、たいていそれは実体験の話だ。単に見た読んだ聞いたではなく、目の前のお客さんから言われた言葉とか、自分なりに必死になって考えた工夫とか、そういう話が伝わる。経験って手触り感だと思っている。

平成最後の夏、僕はニューヨークに行った。
なんでNYに?と問われたら、ゼミの友人が現地で働いてるのよとか、一度は行って見たくない?とか、ははは彼女と別れちゃってさとか、後付けはいくらでもできるけど正直大した理由はない。DMM亀山会長の考え方が好きで、今でも年に1.2ヶ月は海外放浪をされるらしく、アフリカで沈む夕日を見ながら愛とは何か。自由とは何か。人生とは何かを考えるらしい。同じことをしてるつもり。残念ながらこの伝聞じゃ、伝わらないかもだけど。

何かを目的にそこに行くのではなく、そこに行くことを目的にしてるMr.コト消費。手段の目的化だって厭わない。普段ほとんどお金を使わないのに23万ぐらいぽいっと出しちゃう独身彼女なしやせ型の面長。そのくせ、現地で40ドルとクレジットカードをなくしたりする。なーに、肺気胸の治療費で45万ふっ飛んだことに比べればなんでも安い買い物さって、たまに狂う金銭感覚が気胸の何よりの後遺症かもしれない。

昨年のミュンヘンもそんな感じで、行くことが目的であとは現地でプー太郎。
最近じゃ休みがあればすぐ海外に行くからって、後輩たちからOLと呼ばれ始めた。
あとこれは余談だけど別れてしまったので「またマッチングアプリやるんすか?」と後輩にいじられて「うーん、今は自分磨き」とナチュラルに答えてしまい、ますますOLと呼ばれ始めている。あー、サップヨガしたーい。

さて、創造できない僕は経験するしかない。サップヨガよりもタピオカよりも原体験の手触り感だけが自分を作る。

ニューヨーク旅行記を。昨年まとめ損ねたミュンヘン旅行記も添えて。

基本設定がアナログ人間、それこそ自分の手触りしか信じてないのでクレジットカードは25になるまで持ってなかったし、amazonは人生で2回しか使ったことがない。いや、だってちゃんと払われてるか分からないし、ちゃんと届くか分からなくないですか?これを言うと大抵引かれるから、声に出して言う。あともはやこれはアナログとか関係ないんだけど、初めての土地でバスに乗るとどこかへ連れ去られるんじゃないかって、10kmまでなら迷わず徒歩を選択する。
クレジットカードなしで行ったミュンヘンは今思えば情報弱者の極み。カードがないとポケットWi-Fiも借りられず、空港とノイシュバンシュタイン城と宿のフリーWi-Fiスポットにて半日分の調べ物をして、行きの空港で買ったガイドブックに真っ黒になるまで隅々メモを残す。なにやらお店に入るときもドイツ語の挨拶は欠かしてはならないという。不審者だと思われるらしい。ダンケシェンダンケシェンダンケシェン。ありがとうありがとうありがとう。グーテンモルゲングーテンタークグーテンアーベント。おはようこんにちはこんばんは。なんなら語学の講義の試験前より必死だ。道に迷ったら死ぬ。彷徨ったらそのまま逝く。そんなビビるならガイドブックを事前に買っておいて、行く場所よく調べてから行きなさいよという話なんだけど、それができない。結果的に誰より真っ先にビビるくせに、何とかなるっしょで仕上がってしまった今、人様に迷惑をかけてばかり。とてつもないマイナスを作ってから、助けられながら0に戻す作業が染み付いている。生産性の真反対でダンケシェンって繰り返してる奴がいたらそれはきっと僕ですあのすみません、ドイツ語でごめんなさいってなんだっけ?

 

ミュンヘンはゼミの教授が留学されてて、「おいでよ」「まじすか」「来る?」「行きます!」で4日前に飛行機を取って行った。ニューヨークはゼミの同期が働いてて「きなよ」「いいね」「来る?」「行く行く」「チケットは?」「任せた」で行った。このままどこまでも日々は続いていくのだなぁという夜空ノムコウ状態を、案外簡単に「えいやっ」ってチャレンジできるのねってのが海外旅行の嬉しい収穫。比べるもんじゃないけどこの「えいやっ」だけは負けない気がする僕の能力表、フットワークB肩C準備力D調整力E交渉力F。

 

「喋って授業をジャマするぐらいなら頼むから最初から寝ててくれ」という世界史の平井先生の言葉を真に受けひたすら眠りこけてた奴が、行ってみて初めてヒトラーの影響力のでかさに興味を持ったり、親父に半分ぐらい描いてもらった絵で入賞しちゃうような奴がゴッホの油べちゃべちゃなひまわりに感動したり、ようやくライトのレギュラーを掴みかけた小学校高学年の頃、海を渡ったイチロー松井が活躍していたヤンキースタジアムの歓声に鳥肌が立ったり。死ぬかもしれないって現地で勝手にびびりまくってるからこそ、一つ一つの原体験が強烈に残る。

 

ミュンヘンはくもり。新ゴシック様式の新市庁舎。バイエルンミュンヘンの本拠地アリアンツアレーナ。ここでヒトラーは疲れた労働者に演説をしていたなんて逸話のビアホール。そんなヒトラー率いるナチス政権に反対するビラ配りなどを行った結果、逮捕され公衆の面前で斬首刑にされた勇気ある学生達の運動、通称白いバラ運動が展示されているミュンヘン大学

喜怒哀楽とくくっちゃうことで見失う感情とこぼれる表情がこんなにある。

「心は折れない。なぜなら棒状ではないから。」というバカリズム師匠の言葉にたまに救われたりするけど、心はこんなに震えるものだと知る。

ご存知シンデレラ城のモデル、ノイシュバンシュタイン城の築城主ルートヴィヒ2世は、俗世に嫌気がさして中世の城への憧れを19世紀に実現し、自分は進んでお城に閉じこもっていたなんて情報は、教科書だけじゃ入ってこないです平井先生。

社会人になってから影響を受けまくった人の1人、NHK教育びじゅチューン!の井上涼さんのおかげでびじゅチュにとても興味を持つようになった。社会人になる前に影響を受けまくった人の1人、平井堅さんがゴッホ展のために書き下ろした曲「太陽」という曲があり、その曲をケンズバーで聴いて以来、ゴッホに興味を持つようになったので、ノイエ・ピナコテークで見たゴッホの『ひまわり』が眼に心に焼き付く。

平井堅 - 太陽 - ニコニコ動画

長くは続かなかったけど美大出身の女の子と付き合ってたこともあって、アートに興味を持つようになった。人はきっと、影響でできている。

 

ニューヨークは雨。せっかく行ったのにそんなやついるのかな、セントラルパークには一歩も足を踏み入れず。クボタのいないヤンキースタジアム東芝のいないタイムズスクエア。ビジネスの中心地、人種のるつぼ。「ここにいると人の目を気にしなくなる」とゼミの友達は言う。サラサラな髪をしている人のほうが少ない。お尻が小さい人のほうが少ない。乳出てますやんっていう胸元、おっぱい観の差。違法滞在者はいて、僕らより英語が下手な外国人がいる。メキシコ人は背が低め。パトカーか救急車か、サイレンは四六時中。走り回るイエローキャブ。地下鉄の熱風。熱い寒いを一切顔に出さないニューヨーカー。いい加減な接客でビールを待たされたヤンキースタジアムの若い売店の女の子。ゼミの友人は事あるごとに「これがアメリカ」「これがニューヨーク」と諭すように教えてくれたけど、なんとかならんのかな?と思ったりもした。

ヨーロッパ人が見つけた大陸だけあって歴史はミュンヘンの方がとてもあるし、海外を見て初めて改めて、京都の悠久のときの流れを想ったりする。

だからこそ現代アートの革新がすさまじくMoMAの展示を5階から見ていったんだけど階を降りるごとにどんどん抽象的になってくのが可笑しかった。モネはずっと睡蓮描きすぎ。ゴッホの星月夜の静けさの中のおどろおどろしさ。ピカソの解釈は任せたぜ!の感じ。モンドリアンのブロードウェイ・ブギウギの抽象度が一番ちょうどよくてあれ以上いかれるとちょっと何でもありになっちゃう。置いてかれる。ルソー5(出典びじゅチューン!)はプリントした絵みたいに精巧。中でも個人的なハマリは広告クリエイターでもあったアンディ・ウォーホル。正しい美術史はこれから学ぶとして、貴族や王様達の似顔絵から始まったであろうヨーロッパの美術が、印象派、なんちゃら派、こんにちはみたいに分かれていく中、ポップアートと言われる大衆のど真ん中に刺さる芸術。シュールレアリスムとか派閥が細分化、先のパイが細っていく中で、風景とか人物画でなく並べたスープ缶を描く王道ど真ん中。サザンオールスターズMr.Childrenのすごさを爆笑問題太田さんはど真ん中の表現と話してて、サブカルやアングラに逃げずメインでポップなカルチャーを貫くアンディ・ウォーホルはウルトラかっこいいんです。当時の若者に刺さりまくる色づかい。奇抜さ、新しさの中の格好良さ。マリリン・モンローが亡くなってすぐにあのカラフルなモンローを描いたらしくてウルトラとんがってんじゃんもう。

一方メトロポリタン美術館(MET)の方は広い広い。ここでもゴッホゴーギャン、モネ、ルノワールを見て回る。今回ブロードウェイのミュージカルを断念したり、セントラルパークでのんびりを断念したり、実質2日間しかいなかったのであと1日、最低3日あればNYは楽しめると思いました。

野球少年の憧れヤンキースタジアムと並ぶぐらい楽しかったのが、夕方ダンボからマンハッタンに歩いて向かうブルックリンブリッジで、サイクリングではなく散歩をオススメ。これは至福の私服の時。高1の夏、好きな女の子と行った熊本は江津湖のきらきらした水面、湧き水がきれいで2人靴脱いで奥のほうまで探検に行って疲れたらおんぶしてあげてちょうどいいとこに腰掛けてイヤホン2人で分け合ってラッドウィンプス25コ目の染色体聞いて、に匹敵しそうな人生で最も美しかった景色の1つになった。他にも、プレスラウンジっていうビル屋上にあるバーから見る夜景もそれはそれはきれいで、100万ドルの夜景とはまさにこのこと。こいつもまた江津湖に匹敵するレベルだった。どんなカメラも美白アプリもごめんねニューヨーク、僕の中で江津湖が最強すぎるところがある。それぐらい良い景色を見ることができた。網膜とろけるほど甘やかしてきた。

ちなみに、その夜景に向かう途中のタクシーに財布を置いてきた。掏られたとかじゃない。置いてきちゃった。中身40ドルと、ミュンヘンから帰国後すぐに作ったお寿司柄のお気に入りのクレジットカードをなくした。

あと帰り道には飛行機の搭乗口変更に気がつかず、まさかシカゴ行きを乗り損ねた。出発10分前になっても機体が到着しない普通ならありえない展開にも「これがアメリカ」「これがニューヨーク」が呪文のように効いていて、のんびりしてた。ニューヨーク最終日の朝9時30分ラガーディア空港発シカゴ行きを逃した9時40分。搭乗口変更に気づきガタイのいい現地スタッフに相談するもお前が悪いとのこと。そりゃそうだけどさ、なんとかならんのかね?米国内を飛びまくるラガーディア空港と、米国内を飛びまくるアメリカ航空のおかげで10時30分発のシカゴ行きにスライドして奇跡的にキャンセル待ちで乗れる。成田行きのシカゴ発は13時05分。シカゴ到着予定時刻は12時25分。うおおおお。シカゴ空港を駆けて駆けてシカゴ滞在わずか数十分、なんとか成田発に間に合う。クレジットカードがない状況でアメリカから帰る飛行機を乗り過ごす、この死ゃれにならない死ょうげき的な死ーンに死ぬかと思った。どうぞ僕の能力表に、運Aを追加しておいてくださいませ。

一眠りしてなぜか死んだ夢を見てまたばくばく震える心臓を押さえながら窓へ目をやると、それはそれは美しい太平洋の青が広がる。本物の太平洋を見たことがあるだろうか。日本に帰れる安堵を抱え見る太平洋は、真っ青なんて絵の具の単色を想像しないでほしい。少し薄暗くて深みがかった吸い込まれるような静かな”蒼”。創造できない僕は経験するしかない。シカゴからの帰り道で見た太平洋のこの美しさだけは、僕は手触り感を持って伝えられる。きっと伝わるんじゃないかなと思ってる。(とまぁここで終わればいいものを、僕の乗った飛行機は手で開閉する日よけではなく、ボタンで操作するやつで深みがかった”蒼”とか言っちゃったあれ、完全に電子カーテンだった。ボタン操作して全開にしたら普通に海青かった。それに、単色だった。)

 

福岡(~2)→神奈川横須賀(~9)→熊本(~18)→埼玉所沢(~20)→東京新宿(~22)→東京豊島

不正解はあっても正解出すのは難しいfacebookの自己紹介。僕はずっとこの何歳までどこにいたかシステムを採用している。それしか書いてない。書いてある通り、あちこち力が高い。あちこち力なんてものはないけど、転勤族の帰国子女。書いてないけどミネソタに10ヶ月住んでいたり、会いたい人があちこちにいて、あちこちに行って想いを馳せる。

夏目漱石三四郎』に好きな一節がある。

 

すると男が、こう云った。
「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。
「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」

 

熊本から東京に出てきた自分に重ねてみる。創造できないなら経験するしかないし、経験が想像を豊かにすると信じている。ここじゃない世界があって、そこに人が住んでいて、野球場のなめくさった女の子はのんびり接客してて、なんでもイエスエス言ってる日本人に呆れたりして。セントラルパークは晴れてますか?ステーキは相変わらずバカみたいに高いですか?ブルックリンブリッジの夕日は今日もきれいですか?

 

調子こいて久しく会ってない親友にNYから暑中見舞いを書いてみたら、ふざけた表情のお返事が戻ってきた。まったくあのヤロウ、読まずに食べてやろうかしら。

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