心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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3月、少し散歩する。桜もいいけど梅もいい。蕾が丸くてシンプルに可愛い。梅もいいけど同じく椿もいい。つばきと言ったら"ウェルカムようこそ日本へ〜"とSMAPが歌う資生堂TSUBAKIのキャンペーンは、広告宣伝費50億を投下した社運をかけた新商品だったという。「日本の女性は、美しい」というコピーは実はそのまま商品コンセプトであって、"その対象が持つ一番大きい価値を言ってると強い"ってこれかなと思う。結果的に競合の「世界が嫉妬する髪へ」Asienceからも、高級路線高価格帯のユニリーバLux Super Richからもシェアを奪う大成功だったらしい。コピーって上手いこと言う言葉遊びじゃなく、商品が言える一番大きい価値を、市場環境やターゲットや開発者の想いを踏まえて言ってあげることが本質というわけです。

生業としてコピーを書いているわけではないけど、なりたい自分の1つにその辺の引き出しがパンパンに詰まった自分がいるから、例えば桜は散る、椿は落ちる、菊は舞う、牡丹は崩れる、紫陽花は萎む、と花の散り方の言い回しをわけもなく覚えておく。散歩してると元々興味のあったものが現実で繋がるから面白い。頭の中と実物が繋がった時、呟くほどでもないけど楽しい。3月、花が咲きまくってることに気づいて、そういや社名が”花の王”ってかっこよすぎるなって花王の由来を調べてみると、洗濯用の「洗い石鹸」に対する顔を洗う用の「顔石鹸」からきている当て字らしく、当て字にしてはズイブンど真ん中をいったなと感心する。王貞治が世界の王になれたように名は体を表すと思っていて、花王も実際強そうだし、なにより「買おう」って響きになってるの、メーカーとして超良くないですか?そうそう有名な話、エルとアールの発音の違いはLux Super Richを読んでみると学べるのでぜひ声に出して読みたい英語。

 

種から育ててる我が家のベランダのクローバーは思ったより不恰好だけど、映えなくたって生きて咲いてりゃそれでいい。昔、「日常的に花を買ってもらうコピー」というお題に「世話したくなる存在が、人を優しくする」と書いた人がいて、残しておきたい言葉だなってずっと覚えてる。”植物を愛する人はきっと優しい人だよね”で思考を止めず、「なんかいいよね」のその”なんか”をずっと考え続けてる人にしか書けない言葉だと思う。

散歩して気づく。花と同じく街にも色と匂いがある。街の匂いは家の匂い、生活の集合体。サラリーマン僕の帰り道、家々からするお風呂の香り。2階の僕の部屋の玄関が、お隣の民家の1階の台所の小窓に面してて、朝家を出てすぐのハムを敷いた目玉焼きの匂い。
季節は誰より足が速くてあっという間に過ぎていく。街が一つ一つの家の匂いの集合体だとしたら、会社は人の集合体。想いや熱の集合体。今のこの、年度末の慌ただしさはけっこう好きで、終わるから始まる。終わらないと始まらない。

花見したーいとか鍋したーいとかナイトプール行きたーいとか時期時期の欲望に耳を傾けること。ちょうどよく駆け足の季節のせいにして、抗うんじゃなくその時々を楽しむこと。そしたらきっと春が来るたび、春が上手くなると思う。旅立つ人にはそんな言葉で送り出してあげたい。


これは見方によってはヤボだけど、楽しかった会話の節々を覚えておこうとしてる。”死ぬときに思い出したい夜をどれだけ増やせるか”ってのは生きる楽しみにもなるし、ひょっとすると死ぬ楽しみにもなるから、お徳用ですよ奥さん。ところでお得のはずなのにお徳用って書くの、買い手がさもしい人だと思わせないための商人の工夫ってマジ?
こないだ、社会人になって初めてたこ焼きパーティーをやってみた。じいさんちみたいな居心地のオンボロアパート僕んちで。1人も関西人のいない中、想い想いの見よう見まねが楽しかった。どうやらたこはしずめないといけないらしい。串は爪楊枝じゃなくて竹串をそろえるべきだって。どおりで半円にタコがむき出しのまま乗ってる、タコ専用の円盤みたいなのがいくつも出来上がったし、爪楊枝で挑む先輩はあっついあっつい言いながら何本も楊枝を犠牲にしてたかわいい。そもそも自炊すらロクにしない一人暮らしに、つまようじのボトルは多いって言ったじゃないですか買い出しの時。そんなに歯にもの詰まらないし、確実に今回の人生じゃ使いきれないから、僕たぶん来世つまようじのボトル持って生まれてくる繰り越しシステム。仕事終わりに家帰ってトイレ行ったら一人暮らしなのにトイレットペーパーが三角に折ってあって、あれ?もしや誰かいるなこの部屋ってめっちゃ怖くなってしばらくトイレから出られなくなったけど、よく考えたらその時のタコパの誰かの優しさで、そういやその日以来家でトイレしてなかっただけというお話。ちなみにその日余ったタコを使って次の日、父たかしが30年以上前の学生時代から作り続けてるタコのオリーブにんにく炒めを初めて自分で作ってみて、"父上、あなたの魂はしかと受け継ぎましたよ"の気分です。タコは水気をよく切らないといけない。オリーブオイルは弱火で熱してにんにくの香りを事前に付けなければいけない。町の匂いは家の匂い。オリーブオイルとにんにくと、こたつとたこやきとこれまた大量に余った青のりの匂い。


4月、役割が変わる。求められるものに応えようと頑張るだけだ。漫画キングダムを読む週末、「戦略の敗北を現場の腕力で解決しようとするから嫌い」という意見をネットで見てへーそういう見方もあるのねと学ぶ。上司の発言を意識的にみておいて、途中からは遮ってこういうことですよね?と当てに行く。それが上司の考えを知る一歩目だと味の素伊藤会長の日経新聞私の履歴書から学ぶ。クノールカップスープとの交渉やピュアセレクトの開発秘話は面白かったし、伊藤会長曰く、勇気とは無茶をすることではなく、情報を積み重ねて判断する力のことであるとのこと。ちょっとキングダムの野郎に言ってやってくださいよ。

 

引っ越しが決まる。環境も変わる。1つのきっかけを飛躍台にして変えていけたらいい。街を去ることが決まってから見える夕焼けがまた綺麗で、ウェッティな僕は懲りもせず感慨に浸って思い出す。この家に来るとき、ベランダに入る小さめなサイズの洗濯機を探したこと。もっと昔、初めての一人暮らしで母親が慌てて買いに走ったけど、いざ家に置いてみたら全く使い道のなかったレンガブロック。要らないからと姉貴んちから送りつけられたネジのゆるい引き出し。ものより思い出って日産のコピーがあったけど、ものの思い出もばか強い。片付けはいつも捗らないけど、片付けが捗らない幸せってのもあるのではないでしょうか。

いつも通勤している電車も、5分遅れると5分違う生活動線の皆さんがいる。住む環境が変わるとまた新しい人とすれ違うようになる。学生時代の4年間より大学に近い暮らしは可笑しいんだけど、蘇ってくる街の思い出も、そっとしまって新しく刻んでいこうと思う。死ぬ時に思い出したくなる夜とか、結末が分かってても何度も楽しみに読んじゃう文章とか、そういうものを集めて生きていきたい。あわよくば誰かに伝えられるように。

 

日経新聞 春秋に書かれてた、何度でもこの季節読み返しちゃう一節を拝借して締めることにする。

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職場の身辺整理の際、引き出しから小さな鍵が。そう言えば…。引き出しから思い出がこぼれ出す。
家にも昔の車の鍵がある。握ると家族と一緒に走った道や車の匂いを思い出す。自分の親はなくなり、子どもは大きくなった。ちっぽけな鍵の中、大切にしていた日々が生きている。

晩年の53歳頃、萩原朔太郎は手品に夢中だった。白のハンカチを胸ポケットに入れ、いかにも威厳のある顔つきで出かけて。書斎の引き出しに秘宝のように大事に閉まっていた手品の道具は、死後、遺族が開いてみると、どれも安っぽく幼児の玩具みたいだったらしい。

人の心にも鍵がある。本当に大事な想いは自分にしか分からない。人に語らずしまっておきたい感情もある。
春が来て、人が動く。出会いと別れ、3月末は気持ちが揺れ動く。ならばカチリと区切りをつけるのが、生きるコツなのかもしれない。

心の中にある鍵さえ守れば、過去は優しいまま消えない。