心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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ミッキーは悩んでいた。お決まりの「ハハッ」って笑い声が悲しく響いた。

 

ミッキーとはもちろんマウスのことである。いつも、僕らのクラブのリーダーは、とメロディに乗って紹介されるあのあれ。えっとはい、ただいまご紹介に預かりましたリーダーです。城嶋茂も、古くは渡辺正行と同じく。グーフィーもドナルドもプルートだって周りを見渡せば最高に楽しい仲間たち。あ、もちろんミニーも。リアルが充実しているリア充って言葉が2018年も半分終わった今あるか分かんないけど世界の帝王、愛と平和の象徴の彼も時折不安になる。リーダーは嫌われる覚悟がないと引っ張っていけないぞ。どうやったって敵は出てくるんだからって、昼間上司に言われたことを思い返していた。
来る人拒まず去る者追わずの精神はとても大事でこれまでやってきたけど、来る人が増えるとけっこう簡単にキャパ越え。みんなにいい顔して結果みんなから去って行ったり。できないことはできません。好きでない人とは距離を置く。それができたらいいのにと嘆きつつ、みんなに愛されようとする自分は時に誇らしい。
とは言えいい顔ばっかしていると言いなりになってしまうのも悪い癖。「それでいいんじゃない」「はいおっけー。」なんて調子でやってても上手くいかない時があり、責任取れよってえぇぇってそのタイミングで笑っても火に油を注ぐだけさ、ハハッ。

 

ミッキーはその日ある相談を受けていた。女の子からの恋の相談だった。

ミッキーには弱点があった。それは最愛の人(ネズミ)、ミニーだ。ミニーには頭が上がらず、どんな時もミニーの幸せだけを願って生きている。この気持ちに嘘はない。だけど。ミニーがいるから、こいつは手出ししてこないだろうという安心感が彼の女の子からの人気の最大の理由で、同じくらい最大の弱点だった。ミッキー!ミッキー!と笑顔で手を振ってくれるみんなを眺めてる時この職業を選んで本当に良かったと思うものの、中の人のことはそりゃそうさ誰も知らない。みんなに視線を送っても、みんなが見ているのは可愛らしいきらきらした偽物の目ん玉だ。ここだけの話、しゃべるときはボイスチェンジャーを使ってる。

安心して頼られれば頼られるほど、そうでない自分とのギャップに苦しむ。ネズミのくせにネコかぶって生きている。グーフィーはこういう時いいやつで聞き相手になってくれる。イントネーションが少しだけ聞きづらいんだが仕方ない。何言ってるか分からないドナルドに比べたらマシだ。男でよかったと思う彼らとの夜を知っている一方、男でいることがヤンなる夜もまた、ある。女の子からの恋の相談を受けながらカッコつける自分もシャクだし、今気に入られようとしておるなワシという下心が自分に見える瞬間、何故だかとてもみじめな気持ちになったりする。自意識過剰ならぬ、ミッキー意識過剰。こうして第35代(そうそう、ミッキーは1年制なんだ)のミッキーになれた理由は、自分のこの過剰なまでのミッキー意識にあると思っている。「白波や酔えば会いたい人ばかり」と芋焼酎白波のラベルがいうならば「白波や酔えば謝りたい人ばかり」と返したくなるよ字余り。

一度だけ思い切って「落ち着いて聞いて欲しいんだけど、私は浮気をする可能性があるクソ鼠です」とミニーに伝えてみたことがある。ミニーはびっくりしていつも以上に目をパチクリさせていたけど「ミッキー、あなた疲れているだけよ」って言ってくれた。「次のパレードはプリンセス達のやつだからここで休んでて」って。

プリンセス達の相談ってのは解決策は求めてなくってただ聞いてほしいだけだっていうあるあるを思い返して黙ってみる時いつも自分の好かれようという想いが見えてヤンなる。歴代のミッキーさんたちは何考えてたんだろう。複数車線の道路の横断歩道の真ん中に取り残されながら、進めないし戻れないことってあるなってわらう。

ええいもういっそ、ハイタッチとかハグとか一切しないでやろうと思ったりもする。窮鼠猫噛み「ミッキーハグしてー!」って近寄ってくれる女の子達は全員ガン無視だ。この子今日誕生日なんですー!とか、青森から会いに来ましたー!とかの黄色い声にうつつを抜かさず調子に乗らないためにも愛想笑いと会釈をマスターするだけ。顔で笑って心で泣いて。得意なんだ元々そういうの。ほら、笑い方ハハッってさ。それか逆にさ、どこまでもエンターテイメントを突き詰めてやろうとも思う。誰かを大事にすることが誰かを大事にしないことなら、誰とも一線を引いておいてただ不愉快だけはないように与えられた役割を演じるに限る。

この歳になると好きとか嫌いとか以上に「大事」ってあるよなぁと思う。大事な人がいる、それだけで心がぽっと暖かくなって嬉しさがこみ上げて来たりする。大事な人を思い浮かべるだけで、少なくともネズミの道は外れない自信がある。そんな、親でもないのに、生まれて来てくれてありがと!って言いたくなっちゃうような大事な人さ。まさにミニーやグーフィーがそういう存在でとっても大事なんだよ。ミニーに言わせればそれは逃げよって言われちゃうんだけど。うーん、雌鼠(と書いてオトメ)心は難しい。

僕みたいなミッキーが仮にもし万が一好きですって言ったところできっと本気にされない。いやいや、本気にされないのはまだマシ。え?マジで言ってんのきっつーみたいに蔑まれるのだけは避けたいところオリエンタルランドが黙っちゃいないから。じゃあどうやって大事だとか気にかけてるよって伝えりゃいいんだって、こうしてネズミのちっぽけな脳で悩んだところで、大山鳴動してネズミ一匹、なんてこたない。なんてこたない。明日も幕張はきっと暑い。パレードはずっと続いてく。

好きな匂いのする方へ駆けていけちゃうプルートがちょっとだけ羨ましくなるけどハハッ、僕ミッキー。誰もいないセンターオブジアースの地下の控え室。笑い声が悲しく響いた。