心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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電通さんがやってた夏のインターン、今年の表現クリエイティブコースのエントリー課題①はこんなお題だった。
課題①「私だけが気づいていること」をテーマに400字以内の文章を書いてください。
みんなだったらなんて書く?400字って長いようで短くて短いようで長い夏のごとし、結構難しいぜ?なんて言っても残暑が長引くらしいから夏よ秋を縮めないでよ。私の生まれ季節なのよ少しでも長く過ごさせて。
秋の夜長に「私だけが気づいていること」をひとまず書き出してみる。
→"えー近所に「ひじかた眼科」って眼科があるのですが、一瞬、野球部専門かな?と思っちゃいますよね?ほら、ひじかたって野球部かよみたいな、、、私だけでしょうか?"
なんて話を書くには、少し余白が大きいぜ。白地は伸びしろ。のびしろしかないわって一周回ってダサい気もする。のびしろしかないわって自分のことだ!ってホッとしてる自分が1番ダサい気もしてる。
このお題を考えながらスタバで休憩していると、お隣の席の女性が「私40超えてから気づいちゃったのよ、」と静かなトーンで話し出したので、お、どんな気づき?と聞き耳を立ててたら「…ポテトチップスのおいしさに」とのことでフラペチーノ吹き出しそうになっちゃった。聞いてた2人の女性が一斉に「遅いよ〜」と突っ込んでてほっこりした。

「私だけが気づいていること」というレンズを与えられて初めて、見える世界は細かくなる。受信するアンテナを立てて初めて、日々の暮らしは解像度が高くなる。
これ結構大事なことで、どんなレンズをかけてますか?という話。「赤いもの」アンテナを立てて歩いたら目につくポストに八百屋のトマト、恋する乙女の頬の色。

「私だけが気づいていること」というお題に、1つだけ自信がある答えがある。
→"「階段を降りる瞬間を思い浮かべてください。今まさに階段を下りているその時、あなたのその2本の腕はどうなってますか?」これ、意識した次の瞬間からもうあなたは戻ってこられないくらい、腕の位置や使い方に違和感を覚えるようになります。"これです。
駆け降りるときに駆けるように腕を少し曲げたり、リズムとって振ってみたり、今まで無意識でできてた何気ない動きが、急に気持ち悪くなるのです。今度階段降りる時、ぜひ思い出してください。今んとこ友人知人2人に試したら、2人ともアレ?ん?って混乱してた。「やめてよ階段降りられなくなっちゃったじゃん!」とも言われ、しめしめにやにや。
これは僕しか気づいてない、今まで何気なくできてたことが突然できなくなる「イップスメーカー」だと思ってる。

こうした手触り感のある身体的な気づきこそ、人とカブらない引き出しになるような気がしている。そう信じてる。だからあちこち行ってその目その足で触れる味わうのが鍵だよね引き出しの、って思ってる。東京ディズニーランドと同じ名付け感覚(詐欺意識)で、千葉県袖ヶ浦市に"東京"ドイツ村というテーマパークがあるのだけど、罰ゲームのアイスをかけて戦うパターゴルフ対決がめちゃくちゃ楽しかった。言ってもパターじゃそんなに差がつかなくて「最終ホールはスコア3倍!」って友達が勝負に出たの面白かったし、最終ホールを待たずして最下位をほぼ確定させてしまったあたしは情けなかったな。ピエロにも技術は要るわけだ。へたくそを演じる芝居は上手じゃなくちゃ。

「私だけが気づいていること」というお題の、逆に言葉遊び系はたいていカブりがちである。「デスクトップの乱れは、心の乱れ」って中学の服装検査みたいなノリで、自家発電で思いついたんだけど、Twitter(現X)見てたらめちゃくちゃコスられていた。うまいと思ったんだけど先人がめちゃめちゃいた。
似たような話で、「体の相性と同じように、文体の相性がある」ってのもあると思う。おそらく既に何人もの人が気づいていることではあるけれど。
あぁその言い回し好きだなぁもあれば、それはちょっと苦手だなぁってのがあって。会社の後輩は「いわゆる」が口癖なんだけど毎回全然いわゆってなくて1人モヤモヤしている。指摘したら改めたんだけど代わりに「それこそ」を使い出したので、どうして君は毎回自分の発言のハードルを上げるのか?と頭を抱えている。
あとこれは僕もやっちゃうんだけど、どの範囲の話をしているか絞ったほうが伝わりやすいかなと「それで言うと」を頭に付けて話す癖が後輩に伝染してしまい、僕が「この件どうなった?」と聞くと「それで言うと〜」、「今日発注いただける案件ある?」と聞くと「それで言うと〜」と後輩が返してきて、「いや、、、それで言えよ!!」ともはやちょっと可笑しくなっている、若手が多い我がチームです。10年目を迎えた僕とは違ってみんな、のびしろしかないわ。


「体の相性と同じように、文体の相性がある」はけっこう芯食ってると思ってて、例えば「!」と「笑」を多用する"岸くん構文"はどうですか?アリですかナシですかTOBEですか?
僕もよくやっちゃう「!」とか「笑」とかは、仲良くなるにつれだんだんなくなっていく不思議。度々遊んでもらっている高校野球部のキャプテンは、最近なんと「ぴょす」からLINEを始めてくるようになり、随分と丸くなられたなとわらう。親しき仲には「!」と「笑」なし。
“岸くん構文”なんてのはまだかわいいもんで、巷には“ビックモーター副社長構文”なんてのもあるらしい恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖死刑死刑死刑死刑死刑。言うまでもなく文体の相性は最悪である。

もう誰も口にしてないけれど、今年読んだ文章の中で1番心に残ってるのが広末涼子さんのあの手紙で、キモいとかドン引きとかはもう百も承知、千も了解。あんなフルスイングのラブレター、いったい何年書いてないだろうと遡っても多分さすがのぼくも書いたことない。
文字に書き起こすのはさすがにヤボヤボの実なので適宜調べてもらいたいけれど、「○○してくれて○○してくれて○○してくれて、本当にほんとに、ほんとうに、、ありがとう。心からのありがとう。」って、例えば本当にを3種類にも書き分けているあたり、結構好きなんだよな。そういう意味では文体の相性いいのかもしれん。
部外者が見てうわぁって、ぐはぁってなればなるものほど、恋する2人には愛おしいものなんだと思いました。そうそう、そう来なくっちゃとすら思いました。

ちなみにこれは友達とお酒の席でやったんだけど、あの広末さんのお手紙を1分間で覚えて暗唱できるか選手権めちゃ楽しいのでお酒も回る22時台の遊びにオススメです。
友達がやたらと「入ってくれて」をすぐ繰り出してきて(たしかに声に出して読みたい日本語ではあるが)、「ちがう、”出逢ってくれて、会ってくれて、合ってくれて、くっついてくれて”が先!」「すぐ入りすぎ!」って突っ込まれてて笑った。こんな恥じらいもデリカシーもない遊びを生み出すのが楽しい。こういった面白さはきっと自分だけが気づ、あ!「私だけが気づいていること」、これだ!!!!!!!(岸くん構文)

と、ここまで書いたのはマイワイフが不在にしていた週末のことで、話し相手がいないと人は独り言が多くなる。と気づく。いつも話を聞いてくれる存在のありがたみにまた気づく。
まだまだテレがあり、妻と言うか奥さんと言うかお嫁さんと言うか悩むことがあって、どうにも立場差がある呼び名が多くて世の男性陣困りません?奥の方とか、女偏に家とかイニシエの家制度、身分や主従関係を感じさせるの抵抗ありません?
学生時代気が強かった女の子ほど結婚した途端、Instagramで「主人の友達が~」「主人の職場で~」と主人呼びする傾向が強いと思うのは私だけでしょうか?主な人て!アルジて!と毎回ぞっとしてる。そっとしとけばいいのに。似てるけど「旦那」をえらぶ人もなんかちょっとヤだな。僕ならいっそ「ホシカワのダンナ」ぐらいにふざけて呼んでもらいたいな。

ちょっと前のあたしはよくもまぁくだらない文章をたくさん書いたなぁと思うけど、こうして頻度が減った今、一つ屋根の下で暮らしてる楽しい同居人にたくさん聞いてもらって、おかげで穏やかで健やかで柔やかな暮らしができている。にこやかって柔やかって書くのね今知ったわ知ってた?これも後で教えてあげようって話したいことがまたひとつ増える。
「夫婦生活は長い会話である」ってまじニーチェ良いこと言うやん。話し相手がいない週末はさびしさもそうだけど、それよりつまらなさが身に迫ってきてマジたくさん長い会話してぇと帰りを待ち望んでおりました。王の帰還みたいな妻の帰還である。よくぞ戻られた。殿、温めておきましたぞと秀吉ばりに我が家をあたためておこうと、いっちょヒロスエさんみたいなラブレターを書きたくて、こうして書き残しておく。