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心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

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麦茶の美味しい季節。パンツ一丁の生活。貧弱なまな板を見て「人間ひまになると筋肉を鍛えだす」って友人の発見。

いやらしいほどの晴天。正しいことばかりなの聖典。「とは言えお仕事はとても順調なの」というでんぱ組の歌、浅野いにおの歌詞。

この家4年目。1人暮らし8年目。いやそんなことはないと思っているけど、結婚できなかった時に備えて煮る大根と人参と鶏肉。

好きな曲はyoutube。スポティファイとサウンドクラウドもいい感じ。ホントに好きな音楽は楽譜買って弾く。1曲覚えたらそれまでのすべて忘れちゃうあたり才はないごめんなさい。

昨日まで僕の中の100を占めてたものが時が経って0になることが増えた。100の不安、困難、憂鬱は時が解決してくれて、それでよかったのか確認する前にすぐまた何かが100になる。

「キャンプは順調です!」と聞いて、「昨年最下位のチームが順調ということは今年もまた最下位ということだ」と危惧したらしいオリックス宮内オーナー。同じことを繰り返しながら違う結果を望むこと、それを狂気という。とはアインシュタインの言葉。可もなく不可もなくが危険な日々。ようこそ憂鬱。ありがとう文春。

「好きな女性のタイプを聞かれたら必ず2人あげなさい。そしたら勝手に相手が線でつないでくれるから。」ってTwitterのタイムライン。皆藤愛子さんと仲村みうさんってこたえるんだけど、来月いよいよみだらな映像にご出演。買うか買わないか。to be or not to be。

ビール一杯で眠くなるようになる。飲まなくても酔っぱらえる気がする。お酒の力を借りなくても面白い人たちがいる。彼らを知っている。なりたい大人になる。なりたくない大人にならない。

何とか生きている。長生きする気はしない。半年に一度39度が出る。必ずインフルの鼻穴ほじほじも、結果は陰性、俺あるある。気管支が弱いらしい。寝てないとき心臓が痛くなる。死ぬのだけは怖いから、最後の最後は無理をしないと決める。

手触り感のある言葉を。自分から生まれた感覚を。閉じこもらないようインプットと同じ量アウトプットを。結婚してく友人には花束を。思春期みたいな恋を。一生かけてもいいような趣味を。美しい景色を。豊かな美味しさを。思い出したくなる香りを。死んでもいいと思える夜を。やっぱごめん死にたくはないなって撤回する朝を。発狂しそうな孤独を。向き合える自尊心を。いいね!よりありがとうを。ごめんなさいよりおやすみを。

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『一年一組せんせいあのね』という本がある。

日記を書きなさいと言われても戸惑うけど、「せんせいあのね」とお題を決めてあげると鉛筆が進む。小学一年生が書いた「あのね帳」をまとめた一冊の、調べると編集者は『兎の眼』の灰谷健次郎らしい。教員一家だったからか、そういう本に囲まれて育った。

 

「おとうさん」

ぼくがおとうさんにおこられようとき

おとうさんがおならをしたから

おとうさんがおかあさんにおこられた

 

「けっこん」

ぼくはけっこんしたら 2かいめをしません 

したらまた ダイヤモンドを あげないといけないから 

ぼくは1かいめのおよめさんを だいじにします

 

つくづく、教員ってのはオモシロそうな仕事だなと思う。いい仕事してるなって親父、母さん、姉貴を思う。

話変わって、こんな記事を読んだ。僕のこれだって、せんせいあのねの延長だなって共感した。

kurashicom.jp

インターネット上に持て余した表現欲を吐き出し、ここにいるよと承認欲を満たしてるのも、「おもしろいから読めやい」というより「せんせいあのね」のほうが近い。実際のところ1日の訪問者は10もいない。それでいいのだ。吹けば飛ぶよなアリんこメディアでも、少なくともやってて楽しいし、命令されなくてもいくらでもできる気がする。

 

ブログで言うと、こんな曲がある。銀杏BOYZの峯田さんがラジオに出た時、即興で『キラキラいいにおい』という曲を歌った。

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「キラキラいいにおい」 峯田和伸

 

僕はインターネット上で ブログというものを書いている

もう一年以上書き続けているが 訪問者数はまったく伸びない

昨日の訪問者数も たったの「1」

昨日の訪問者数も たったの「1」

でも僕はこう考えることによって

悲しい気持ちを紛らわせている

この一人の訪問者が

長澤まさみちゃんであると信じて

昨日の訪問者数も たったの「1」

昨日の訪問者数も たったの「1」

キラキラいいにおい

キラキラいいにおい

キラキラいいにおい

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1日10もいない訪問者の中に、僕だったら皆藤愛子さんがいてくれたらいいな。またはNegiccoのかえぽさんがいてくれますように。

 

糸井重里さんがやってるほぼ日刊イトイ新聞の、糸井さんが毎日書くエッセイのようなもの「今日のダーリン」にも、いつも最後、今日も「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。と書かれている。広告の偉人で、個人メディアの先駆者で、モノを売ったり人が集まったり、そんなヘンでスゴイ方が丁寧に出迎えてくれる。しかと心得ようと思う。 

何も成し遂げていない若造が言うのはスーパークサいけど、何というか言葉に丁寧に生きてたいナ~と思ってる。本やスポーツ、音楽マンガ映画そんでもってお笑い。コンテンツ屋さんを広く浅く好きな人間として、その大元の言葉には丁寧でいたい。単に、丁寧な言葉を、とは違って。

それは例えば、お笑いサークルの飲み会で一つ上の先輩が放つ、ミリ単位まで精工な、それでいて快闊で笑っちゃうようなツッコミフレーズだったり。それは例えば、プレゼン百戦錬磨のクリエイターの企画書の表紙をめくった1枚目「おはようございます。コピーライターの○○です。」って毎回必ず挨拶をして始めることだったり。曰く誰でも気持ちよく仕事したいじゃないですかっていう、流行り廃りじゃない華美じゃないそういう人間の本質みたいなことだったり。

サラリーマン3年やってみて企画書ってのは、これ絶対オモシロいからぜひとも一緒にやりましょうっていう味方増やしツールなので、もっともっとできるようになりたい。当然そこに入れる言葉にも丁寧にこだわって。

 

春。

ちょっとだけ、出世しました。

昨年の今ごろ、同期入社が先に主任になったときは「常々、スーツのコスプレをしてサラリーマンのごっこをしていると思っている僕は、同期入社の出世はなんだかとってもオツでした。」なんてツイートをカマしてスカしてたんだけど、いざ自分のこととなると嬉しいし、僕以上に離れた父母が喜んでくれてて嬉しい。職員室にはあるのかな、ないような肩書きをぶら下げてまたがんばるとする。学校の先生になるんだろうなと思っていた時期もあったけど、踏み出してみてよかったと言えるように。

 

最後に、最近いいなって思った言葉。6年ぶりに日本球界に復帰したホークス川崎選手のジャパニーズサラリーマンを勇気づけるような言葉を。

「向こうでポジションをたくさんできるようになった。どこでもできるのがポリシー。監督の起用に対して、日本人らしくイエスと言いたい」

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旅先で撮った写真を送りつけてくる女の子、恋〜。

あれ、おい、嘘だろ?便座が、ひんやり!?春〜。

知ってたけどやっぱり止まっちゃくれない、時~。

それぞれの人生を、どうにか元気しててね、旅~。

永遠に見えて月日って文字がひそんでるの青春~。

明かりを灯す。ここだよここで生きてるよ、窓~。

思い返すとケンカも悩みも涙もどこかへ、阿保~。

思い返すと笑って笑かされて笑いあって、阿保~。

1人なんだけど1人ぼっちじゃない気がする、夜~。

人と人と人と人と人と人と人と僕と君の、日々~。

起きて食べて役に立って学んで眠る普通の、幸~。

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「幸せに向かってるはずなのに、その途中が不幸せだったらそれって果たして幸せって言えるんですか!?」って、こないだ年下の、同じ業界に身を置く女の子が言ってた。

「あたしは人生、ずっと、いついかなる時も、どの一瞬を切り取っても、幸せでいたいんです!」って酔っ払って言ってた。

 

仕事がうまくいかないらしい。第一声そんなこともあるよって言おうとしてやめとく。分かりやすく壁にぶつかっているその子を見て、1年前おそらく僕も分かりやすく壁にぶつかってたっけって思い返してそう言えば、肺に穴あけてたから何も言えない。どう克服したかなんて分からないし、克服したのかも分からないから何も言わない。何というか元気で笑ってくれてたら嬉しいなって、無責任に思ってる。応援してる。

「酔っ払ってぱっぱらぱーになるのは好きなんですけど、二日酔いになるのがきつくて。あ、でも知ってます?二日酔いにならない食べ物、これです!」ってカバンからラムネ取り出して食べ始めた。2件目のお洒落なバーでぽりぽり食べ始めた。「含まれてるブドウ糖の量から、森永のやつが一番いいんです!」って僕のお皿にも数粒くれた。愛(いと)しいなって思った。「あと実は、今まで黙ってたんですけど、長く付き合ってる彼氏がいるんです。」って報告してくれた。愛(かな)しいなって思った。何というか元気で笑ってくれてたら嬉しいなって、無責任に思ってる。「歌って踊れなくてもいい。誰かの明日を元気にできれば、それはもう誰かのアイドル。」ってミスiDのコピーを頭でなぞる。応援してる。

 

そろそろモテナイ君の企画に出られそうなくらい、どうしようもなくモテナイ人生だなって思いながらも後日、あの子の言葉をじゅんぐりじゅんぐり。すぐ惚れてすぐ影響される自分の心に手を当てて、今幸せかって問い質す。「一瞬も一生も美しく」っていう素晴らしい資生堂さんのコピーも参照しながら。たしかに僕の日常もパッとはしていない。言わないだけで、何も成し遂げていない1日も多い。すれ違う女子高生に「あーうちらもあんな風に社畜になんのかなー」「ちょ、やめなって聞こえるって」なんて言われたこともある。言わないだけで、それでも負けないぞって思ってる。

 

例えば、どんな発明家でも成功するまでは失敗してる。iモードの生みの親夏野さんも、ミドリムシビジネスをはじめるも500社に資金援助を断られた出雲さんも、チリンチリンに辿り着くまでのチュートリアルさんだって、やり続けたから当たったのかもしれない。「リボルバー理論」という言葉を会社の上司がよく話してくれるんだけど、要は弾は1発必ず入っていて早く出るか遅く出るかの差だと。だから出るのを信じて撃ち続ける。できる限り速度を上げて。

今一緒に仕事をさせていただいているレジェンドクリエイターの方も「3年、5年、10年ってのはやっぱあるよ。」って笑って話されるんだけど、3年、5年、10年を毎日あがいてあれこれやった結果のそれでもかそれゆえか3年、5年、10年だと思う。後から笑って振り返れるカッコヨサに憧れながら、僕ら若手の不安は尽きないモテナイ。

 

ヒントになるかなこないだの朝刊に、星新一大賞の結果が出てた。言わずと知れたSF作家星新一の圧倒的な想像力から、「理系文学」を土俵に、アイデアとその先にある物語を競うコンテスト。その贈賞式で、星新一の次女の方の挨拶の言葉があった。どうやら星新一の親父さん星一がそもそも大のSF好きで、憧れのエジソンからもらったサインの横にはこんな言葉があったらしい。

「なぜ成功しない人がたくさんいるのか。それは彼らが考えるということをしないからだ。」

 

端っこだろうが、若手だろうが、創造的産業をえらんだその子と僕。

最近個人的に思うのは、「やらない」っていう選択肢はあってもいいけど、「考えない」っていう選択肢はないのです。知識はあるけど知恵はない僕には難しいテーマでそれこそ3年、5年、10年考えようと思う。

次の瞬間には消えてなくなってるかもしれない人生で、悔しいけど幸せになる覚悟みたいなものが必要なのかもしれない。あと、考えるための数と時間も。まだまだ死ねない。ほんと頼むからもうちょっと頑張るから。

 

またしても悔しいけど「好きだ」って言えなかった僕からは以上です。飯食ってた一瞬、すごく僕幸せだったんで愛しいけどまたご飯でも。

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シャカイ人になってカショブン所得が増えて何がよかったかって、自分の好きなものを表明し、投票し、いい意味で差別できるようになったことだと思う。

AKB総選挙はあれは実はAKB株主総会なのです、ってのは有名な話で。より多くの金を出してより多くの株券を買った人により大きい権利がある。って言うほど僕はまだ稼げてないし末端の消費者、雀の涙、ハトのふん。

不細工なのにいい顔しがち。好きでもないものに気を遣って好きですって言うのは優しさでもいいやつでもなんでもない。嫌いなものや苦手なことを、あ、全然いけますって残さず全部平らげたところで、大人は別に褒められないし、後からすげぇ腹くだす。

だったら嫌いなものに嫌いって言うエネルギーは注ぎたくないから、好きなものをひたすら愛でる応援するエコ贔屓エゴ贔屓。

 

「小さなきっかけが、壮大な冒険の始まりだった。」とだけ書かれた1枚のポスターその小さなきっかけが、10数年ぶり南海大冒険か太陽王伝説か、それ以来のドラ映画の始まりだった。

育ちのよいしずかちゃんですら、お客さんにお尻を向けているこの1枚のポスターたったそれだけ。前評判も、予告編も見ず調べず聞かず土曜の夜に1人映画館へ。このポスターを作ってくれた人への感動感謝が連動連射溢れ出し、スンズク駅の地下ロードに展示されてあったポスターは全部写メ取っちゃった、シゴトで急いでいたのに。facebookにもあげてみる。感動をシェアできるいい時代。好きなものを好きな人と分かち合えるいい時代。このポスターを作ってくれた彼か彼女か彼の人かのためだけに払える1,800円がある。好きなものには好きと言う。お金を使う。投資する。いざ、ドラえもん

 

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観終わった。

お話自体はホントそんななんてことなかった。すごく都合良かった。目が覚めた。

とは言え平井堅師匠の『思いがかさなるその前に』以来の「ねぇ」始まりのメロディは心に沁みた。早速youtubeで調べてみたら彼、お弁当のおかずになってた。

www.youtube.com

すごいな。来るところまで来たな。よく分からないよ。

別に、歌ってみたの数々はいいんだけど、アップしてみたは鬱陶しいもんで。ちゃんとお金出して本家本元を聴こう。差別しよう。ね、ドラえもん

 

日曜の夕方には、話題作『ラ・ラ・ランド』へ。ち・び・まるこは差し置いて。

これをララランドと書くか、ラ・ラ・ランドと書くか、人間が出る気がします。後者の人は一生付き合っていたいです。予告編の最後「ようこそラ・ラ・ランドへ」ってナレーション入るんだけど、公園とかテーマパークのランドっぽく誤解させててちょっと勘弁。Welcome to Tokyo Disney Resort的な感じは違って、後で意味知ってふるえたけど「恍惚」とか「陶酔境」って意味らしいじゃん。うわぁあ。

 

『セッション』をたまたま先月観たので、この監督の、人の内面をズレなく突き刺す感じうわぁあってなった。男の恋は名前を付けて保存して時々開いてあー今ごろこうだったかなって妄想して叶わないからまた閉じて。ただ単にめでたしめでたしじゃなかったねー、じゃない。最後の見つめ合い。見つめるミア、見つめるセブ、見つめる僕、口角の上がるミア、口角の上がるセブ、口角の上がる僕。うわぁあ。なんだこれ。すごいいやで、すごいよかった。好きの反対は無関心で言うと、ほっとけない映画ナンバー1。それで言うとさ「観るもの全てが恋に落ちる」なんて雑なフレーズはやめてほしかったな。そんなわけないって一気に安っぽくなる。全米が泣いた。みなさまのお墨付き。

いきなり歌いだすミュージカルの違和感も、ところどころ音じゃなきゃ歌じゃなきゃ伝わらない部分があるんだろうから、音楽への教養も深めていく。ピアノ弾こう。

ドイツ語は詩を書く言葉。フランス語は愛を語る言葉。イタリア語は歌を歌う言葉。英語は商売をする言葉。日本語は人を敬う言葉なんて言われる。ないと思うけどラ・ラ・ランドの日本語吹き替えがあったら地獄だな。

 

女優さんはやっぱりきれいな背中をしているし、長く付き合って別れちゃったことのある自分にはスーパー染みた映画でして、帰り道色々考えながら思い返したりなんかして。

恋したら好きな子の喜怒哀楽が木彫りの鑿みたいに僕の心を形作る。あなた仕様に出来上がっていくそんなとき『僕の心をつくってよ』って歌う平井堅師匠に、一生師事しようと決める。

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ん、桜かな?

いやまだ早いな、梅かな由愛可奈!ってお思いの皆さん残念でした河津桜でしたー。知らんがな。河津桜は1、2月に咲く、ちょっと早い桜なんです。前期合格みたいなもんかな?指定校推薦みたいなもんかな?知らんがな。ソウロウみたいなもんかな?「また先に いっちゃったごめん うつむいた あなたがこんなに 愛しいなんて」って昔なんかのサイトで見たアダルト短歌かな?クリックしちゃうよね。知らんがな。

 

お仕事と書いてキャパ越えと読む。「もうだめだ」と「かかってこい」を繰り返して、反復横跳びの息切れ。僕みたいな小心者になると上手くいった時でさえ「ドヤ」ってのは実は全くなくってただただ「よかったー」がくる。ほっとする。いい仕事はストレスを溶かすってのはこれでも3年続けてみた感想。プラスがあってもマイナスがあっても、「おもしろかったですたのしかったです」に集約させるような、案外小学生の感想文みたいに生きられたらよい春よ来い。

 

やれ年度末。あっちへ行ったり、こっちへ行ったりすることを人は春と呼ぶのです。キャパ越えしているときに思い出す、高校時代の1つのイベントと恩師のお話がある。っていうお話をする。

 

今じゃほとんどの学校でやらなくなってるらしい、卒業生に予め餞を送る会、そう予餞会。僕の通った高校にはまだ残っていて、1月センター試験が終わって1週間くらいか。近くの県立劇場を1日押さえて全校生徒を集めて、今ではどうなのか分からないけど盛りだくさんのコンテンツをお届けする。3年の受験生にとってはとんでもなく貴重な時間に、である。この時点でちょっとアホである。

各クラスの1軍に属していたような女生徒たちが轟かす太鼓部の一糸乱れぬ演奏から始まり、うってかわって全く伴奏に合わせる気のないひょろひょろよろよろの応援団のエールで締まる。普通に考えて逆である頼むぜ。もっと言うと、締めようとするとちょっと待ったと奇声を発しながら一人の男児が壇上に上がり握りしめた両の手の拳を天高く付き上げる伝統的なショートコントがあるんだけど、ここでは触れないでおこう。話すと長くなるし、あれちょっといいよなぁって思ってるし。あと時期的にも精神的にも絶対落としちゃダメだろジャグリング部は、普段全く表に出ないのにここぞとばかりに県立劇場の舞台に立ち、おもしろいくらいに落として帰って行った。部員に友人がいたんだけどちょっと悔しがってた。

そんな中、僕も高2の頃、全校生徒の前で漫才をさせていただいた。冴えない僕らの昼休みは男5人くらいでUNOだったか大富豪だったか飽きずに毎日やっていて。あれなんなんだろ、お金とか一切かけてないし、何の罰もかさないのに、ずーっとやってんの。そんな僕にいきなり天使が、と言うか生徒会長が舞い降りた、と言うか普通に歩いて訪ねてきた。ガラガラガラって、僕に用があると言う。へいへいコクられちゃうのかよなんて伸ばしてた鼻の下は「あんた面白いらしいな?」の一言ですぐに元に戻った。いえ、面白くございませんなんて言えず、えぇまぁと言った。気持ち悪め。なんか面白いことやってってお題に対して僕が出した答えはNONSTYLEの完コピだったんだけど、あれ間違ってなかったんじゃねぇかなって今思う。だってほら受験生、スベったらダメだからさ。そんでもって同じ野球部の大田君を誘って、それ以来大田君のおばちゃんはじめファミリーからすごく感謝されてますっていう話。以上。あと、翌年も野球部の後輩で、控えピッチャーだった2人が引き継いでくれてなんか伝統になったらしい。今ではどうなのか分からないけど。ちょっと嬉しい。

 

で、だ。

ユーモラスでダンディーな英語の山本先生がいつだったか言ってた。うろ覚えで恐縮なんだけど。予餞会をなんでこの大事な時期にやるかって話。

ズバリ、余裕を見せつける会なのだ。まだ、大丈夫。これからでしょ?余裕だぜーってのを餞としてやる。やってやる。

どこの高校もやらなくなった。まして受験シーズンまっただ中。けどクマタカは違う。もちろん二次の配点が高い大学を受ける人が多いってのもあるけど、そんなの抜きにしてもあえて全校生徒で余裕だぜって見せつける。大丈夫って言ってみる。

だから大いに笑うし、先生たちの出し物もけっこう本気でボケてくる。

インフルなったら大変だからって客席みんなマスク装着が義務付けられて、ウケてるかよく分からくなってもそれでも。結局6割くらい浪人するような自由な校風なんだけど、広くて浅いやつもうGood nightってSuchmosも歌うように、そうじゃなく深めなおもろめな人が多かった。僕のテストの点なんかはほんとうんこちんちんだったけど、時たま戻りたくなるし、がんばんなくちゃなと思う。

 

やれ年度末。キャパ越えしたって大丈夫。口笛吹いて(吹けないんだけど)北風ピープー立ち向かう。ブログ書いてる暇あるならやることやれよってあなたは思うかもしれない。そうなんだ。分かっているんだ。明日はすぐそこだ。よゆうよゆう~(白目)。

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SMAPがしみるなぁ。なんて思ったけどミスチルもしみるし、サンボマスターもしみる。大塚愛もしみるし、そういやお昼の吉野家もしみたから、俺すぐしみちゃうのよ。そうなのよ。

 

石の上にも3年経って、あったまってきたその石を、時代が叩き壊そうと、迫るハタラキカタカイカク。

やれAI、君が笑えばこの世界中にって。やれAI、1人じゃないから私が君を守るからって。ハーレイジョエルオスメント君をウッチャンが全力で真似してた笑う犬から月日は流れ、やらなくていい仕事が本当にやらなくてよくなって、とは言え、いなくていい人間はいないからさぁどうするよ。

「ここやっときます」って勇んで胃酸で挙手をする、も、「自動化できるとこを頑張ってる風に手をつけるからヒューマンエラーが起きるだろ」ってご指摘いただくあーはんなるへそ理解納得。頑張っている被害者ヅラは本当に誰もトクしない。そんな風に回ってく変わってく。

だいぶ自分という人間が分かってきたので言っておくと、結構ガンバっているフリをして、小忙しく振舞っちゃう無能人だモーマンタイ。充実してる風に見せて、もうちょっとやりたいことできたんじゃねぇかって、もうちょっと上手に。もうちょっと楽しく。もうちょっとみんなで。

 

彼じゃなきゃできない仕事を作ってしまったらソシキは負け。コジンの価値。

再現性と生産性を考えるようになったよ、子どもの自分が聞いたら引きつりそうな。

 

ワークライフバランス。LOVE&WIFE&PEACE。

「あれほど手軽にクリエイティブなものが発揮できるのは、料理とともにないんじゃないか。」とは、セックスについて語ったタモリさんのお言葉。

好きな子と好きなことひたすらできるいい時代かもしんないよ。商業主義に踊らされ、ルールに則ってチョコくれよう!とか言ってるけど実はそうじゃなくってさ、落ち込んだ時に聴く音楽とか、ずっと大切にしてる本の一節とか、今までで1番笑った話とか、そういうの僕だけに教えてほしいんですよいちころですよ。ヒューマンエラーなんつって恋しちゃってさ。

 

効率化に怯えない。古い慣習に縛られない。本当にやりたいところにエネルギーを注ぐ。0→1の人もいれば、1→10の人もいれば、10→100の人もいる。取って代わられる時代が来るって分かったうえで、何かを世に送り込むとか、会いたい人に会って話をただ聞いてみるとか、先回りして落っこちないようにしてあげるとか。逆に言うと、門限も終電も定時もあってないような時代。もう終電に間に合うように送るようなヘマはしないからさ、って昔仲よかった女の子が教えてくれたback number聞いてる。終電逃すのって共犯なんですよねあれ。

 

マニュアルを作ってあげないといけないなーと思いました。上からはテクノロジーが、下からは次世代が押し寄せるのだから。できない子とできないこと、できるようにしなければ。最初からできるならジャーマネ不要説。ポカリが作れるならおにぎりが作れるなら部室がきれいならマネージャーはいらない。

あたらしいこと作っていかないといけないなーと思いました。脳みその間、静電気パチパチしてるところをポコンチコン(言ってないぞ。ポコチンとは言ってないぞ)ってオンにしてあげないと。そのためだけにやっぱり数もこなすし、時間はかかるし、質も高めるし、観て聴いて触れて心で感じて生きてる生きてく

 

スマホがなくたって、facebookなんかなくたってさ、大事な人の誕生日って忘れないんだよなぁ。結局は人間性。立ち返るいつものオールユーニードイズラブを聞きながら、我1つ、手のひらのチョコをじっとぢっと見つめる。