心頭滅却すれば火もまたスズシ

わるあがきはじめました。

333

今年頭に福岡に行った時せっかくだからと卒業後福岡で働く大学の後輩を誘ってもつ鍋を食べた。再開の喜びも束の間、まだ鍋が沸騰する前に後輩から一言、「先輩ひげ濃いですよね」。驚いたのは確実に僕よりもその後輩はひげが濃いのである。言われて初めて自分がひげが濃い部類なのだと思った。いや、たしかにひげが薄い人間ではないのは分かってて、それはもう首毛ですよね?みたいなエリアからもひげがニョキニョキと顔を出すようになっているんだけど、それでも君に言われるのはちょっとなと思った。で、どうやら話を聞くと数十万をかけてひげ脱毛を始めたらしい。気づいた。追い越そうとしている。彼は「(俺もひげ濃いけど今に見てろ今に)お前は(俺より)ひげ濃いぞ(もしくは濃くなるぞ)。」という宣言をかましてきたのだ。久しぶりに会って仕事の話とか休みの話とか福岡のおいしいものの話とかそういうのを一切置いて、ひげの話をぶち当ててくる彼のひげ意識がなんだか怖くなって結局1時間半で解散した。人間、コンプレックスを抱えていると他人のコンプレックスに目が向くことがある。コンプレックスは人のコンプレックスに目を向けさせる。例えば「せーので目の前の人を傷つける一言を言ってください。」というお題を出すと、みんな自分が言われて一番腹立つ一言を選択する。当たり前の話なんだけど、そんなことがある。

 

「隠そうとすると、逆に目立つんですよね~」とテレビから聞こえてくる説になんとなしにアグリーする。先ほどのコンプレックスの話然り、悪目立ち。大学の大教室、あちらこちらで「おーす!」「おい!」「久しぶり~!」が聞こえる中、自分は気にしてませんけどって何を見るでもなくケータイを開いたその瞬間、あれ浮いているなぁ自分、のあの感じ。普通にしてりゃいいのに意識してしまった自分の情けなさ恥ずかしさ敗北感。隠そうとすると逆に目立つ。人間の心理、人生の真理。ふとテレビ画面に目をやる。「今年の水着特集」まさか水着のお尻の隠し方とはな。なるほど大きいお尻を隠そうと包むこむような大きいパンツは、逆にお尻の大きさを伝えてしまうという。「逆に出しちゃった方がいいんですよ~」と話す店頭のスタッフさんは、この短時間に「逆に」を2回言った。逆も真なり。高校の野球部の先生がもう絶望的に言語化が苦手で、それでいて時々の自分の流行りを元に指導する人だったから部員同士で目を見合わせて困惑することが度々度々あったんだけど、Aという指導をした後に、「逆も真なり」と伝えることがよくあり、自己否定でコミュニケーションをとってくる斬新なスタイル。「いいか?いいか?お前はこうなってるんだよ(動かすことは得意なのでガバっとジェスチャー)。お前はがーっとなってんの。これ、こうしてみるといいよ。こう。でもね、それを意識しすぎるとだめ。逆も真なり。」え、どっちよ?彼の語録は、それだけで野球部の僕らは朝まで語れるぐらい豊富なんだけど、先生もまた自分の伝え方の拙さを隠そうとすると逆に目立つ。逆も真なり。

 

トイレの個室が埋まってて並んでいる人達がいる。やがて個室が空いて中から1番始めに出てきた人に対して並んでるみんなの心の中の「なげぇよ」「スマホいじってんじゃねぇよ」「こっちは限界なんだぞ」とまなざし。いやいや、どのタイミングで個室が埋まっていったかは分からないけど、少なくとも彼は最も最初に出てきた人であり、むしろ感謝されるべきなのではないか。「なげぇよ」は、今まさに個室に入っている他の人に向けられるべきだ。正直に名乗り出たのに叱られた理科の実験みたいな気分だ。中学の時、泥岩砂岩礫岩がフィルムケースに3つに分かれて各班で見てみようという実験で、僕と瀬戸口君は泥岩砂岩礫岩をまぜこぜにしてしまった礫砂粘土岩石泥砂石鹸。隠そうと思えば隠し通せたが嘘をつくくらいなら何も話してくれなくていいあなたは去っていくのそれだけは分かっているから、僕と瀬戸口君は名乗り出た。当時大学出たての臨採マツモト先生(女性)は僕らをこう諭す。「あんたらがやったことはほんとしょうもないことだけど、正直に名乗り出たところは、、、えろい!」マツモト先生は肝心なところで噛んでしまった。正直に名乗り出たのにえろいと言われた。今で言う、えちえち。大卒のまだ若いマツモト先生。頬をあからめるマツモト先生。ざわつくクラスメイト。言い当てられてまいったなぁってなぜか照れてる瀬戸口君。当時のマツモト先生より3歳ぐらい歳を重ねた今でも、たまに思い出す話。えろい、いやえらい大間違いだ。

 

ってな感じで、何気ないことでも過去の経験と回数を重ねることで解像度が上がって、これは意外と先々までとどめておきたい言葉だなとか、このシーンのこの感情はあの時のそれと実は同じだなみたいな気づきとか、誰に言うでもなく書いておくのにブログはちょうどいい。SNSは反応を気にしちゃってだめだ。

大学4年の頃、サークルの先輩のブログを数年分振り返って読んでた時があって、その中の一文に僕はショウゲキを受けたことがある。久しぶりにそのブログを遡って拝借するけど、僕なんか文章を書こうとするときどうも、面白いことやためになる話をしてやろうと肩の力入りまくり、型にはめまくりになっちゃうんだけど、その先輩の着眼点に圧倒されたのです、それがこれ。

 

モスバーガーがあの垂れて垂れて仕方ないミートソースを全く改善しようとしないのはなぜか(あれを気にしないというのは、もはや長年の慣れから、モスバーガーの本社内がミートソースまみれになってるのではないかという結論)

 

流れる水のようにスッと、しなやかで、事象と心象を交差させて、ユーモアに着地させている。いつかそういうことが書けるようになりたいから練る。寝る。

332

夏至。北半球における日照時間が1年でもっとも長い今日の新宿区は小雨。傘は差さなくても問題なさそうな小雨。明るい陽が見えるからそのうち止むだろう小雨。日中が長い。平日はパックでかき混ぜハイおしまいの納豆も、時間のある土曜日は卵入れたりかつ節入れたり。手間かけるにもヒマは必要、マヒしてないか幸福の解像度。

時計を見てもまだ午前中。日中が長い。洗濯物を回す。洗い上がるまでの数分、布団に寝転ぶ。昨日飲み会からの帰り道1人ラーメン屋に入り、水をお代わりしようとしたときに、高い椅子の足を踏み外してぶち当てたスネが痛い。痛点はいつもシンプル。解像度を上げると幸福に気づきやすくなる一方、さみしさにも気づきやすくなるんじゃないかとぼんやり考える。SpotifyThe Beatles『Eleanor Rigby』をかける。 

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All the lonely people Where do they all come from?

孤独な人々よ、彼らはどこからくるのか。

 

27.5歳を過ぎて数字上は30歳が明確に見えてきたのに、30になる自分が全く描けていないのこれいかに。毎週やってくる土曜日に心は安らぐけれど、また今週も同じようにテレビから旅サラダを垂れ流しているこの変わらなさが怖くもなる。学生の頃からもう何回納豆ご飯を食べているんだよ!ってレベルアップしていかない恐怖をぶつけてもナットウキナーゼに罪はない。僕がブログを書き始めたのが大学4年の就活が終わってからでこのまま社会人になることに異様に怯えて、華々しくも何もない学生生活をどうにか変えたくてわるあがきはじめましたというわけだ。幸い、時間はある(と信じてみよう)。

たしか糸井さんだったか、ねぇねぇこれだけ傷ついたの僕見てこれって自分の傷を見せるのが子どもの表現だとしたら、ここまで立ち直ってるぜって見せるのが大人の表現だということを言っていた。爆笑問題太田光の本を小学校の頃から読み漁っていて「表現とは」ということについて彼の思想に影響されている。エッセイ集『爆笑問題集』は今でも時々読み返すお気に入り。その中から好きな一節を拝借する。

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チャップリンの“ライムライト”の中にこんなセリフがある。「薔薇は美しくあるために咲くのではない。ただ、咲きたいがために咲いているのだ。だからこそ美しいのだ。」注目されたいがために咲いた薔薇は、美しくも何ともない。

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また、「太宰と賢治」という項では、少年時代に太宰の死に憧れた自分が、歳を重ねるたび宮沢賢治の存在に憧れを感じるようになったエピソードを書いている。曰く、ナルシストの自分を憂い、何度も自殺未遂を繰り返す太宰の弱さ。太宰治三島由紀夫芥川龍之介そういった文人たちの自殺を自分の存在証明だととらえ、そういう“存在の仕方”に憧れていた頃があった。以下、拝借。

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太宰が生きたほぼ同じ時代。東京の文学界とは遠く離れた、岩手県花巻に「宮沢賢治」はいた。賢治の作品は、生前、ほとんど評価されたかったという。『銀河鉄道の夜』のテーマは“死”だが、それは太宰の扱う“死”とはスケールの大きさが違う。宇宙、自然、人間、全てにおいて表現のレベルが高い。太宰は賢治を読んだだろうか?農学校の教師として農業に身を捧げ、子どものために童話を書き続けた。小説を書くということは、自分の存在証明でもあるが、同時にその作品のために自分を消すことでもある。“ものを創る”というのはそういうことだ。歳を重ねるたびに、太宰治よりも宮沢賢治の存在に憧れを感じるようになった。存在を証明するということは、派手なことをすることではなく、“地味に生き続ける”ということでもある。

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SNS大好き人間であるけど、距離感の難しさを思う。昨今SNSで力を持つ人が増える中、まるまる@ほにゃほにゃみたいな、アカウント名で自己紹介をする人が増えたんだけど自分はやらないだろうなと思う。それでいて自意識が少しばかり過剰なのでSNSのアイコンにこだわっていてTwitterFacebook、インスタグラム、そしてこのはてなブログは全部自分で書いたルパン三世の顔にしている。社会人2年目ぐらいの鬱屈している頃、スケッチブックとペンを買ってきて夜中3時ぐらいまで丁寧に丁寧に描いたやつ。あのころのもどかしさをいつも思い出せるようにしている。あとは単純にルパン三世が好きなのと、179cm63㎏の彼に178cm63kgの僕が追いつきたいなというわけです。逆にLINEはその時々の一番笑っている自分にしている。マッチングアプリをやっていた頃「あれ、お写真と違いません?」というずれが度々あったので2,3か月に一度変えるようにしている。最近どうも、年齢なのか哀愁が漂っていると言われることが増えた。心の奥底に中学野球部の禅道場での体験があったり、そもそも心頭滅却すれば火もまたスズシなんてブログ書いてる人間だ。水木しげるさんの死生観が好きでこれこれ~ってなってる。

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とは言え昔好きだった人に「我慢することにあまりにも慣れてるから妥協するところ」が腹が立つと言われたことがあってわかる〜的確過ぎてわらう。「心頭滅却すれば火もまたスズシ」なんて書いている場合じゃない。次回から始まる新ブログ「求めよさらば与えられん」どうぞお楽しみに。人間自分にないものを求める、と職場のボスは教えてくれるんだけど、そういえば今まで僕が好きになった人がみんな「これって決めたことをやり抜く」人だったことに気づいてビックリ。あぁ夏至。日中が長い。

 

せっかく読んでくれている人がいるのなら有益な情報を書いておきますが恋愛学という授業で学んだ話、卒アルの写真が笑顔でない人は、笑顔の人に比べて離婚率が5倍だそうです。また、プロ野球選手の選手名鑑の写真、笑顔の人はそうでない人より平均寿命が長かったそうです。はい今、アイコンが笑ってない人今すぐとびっきりの笑顔の写真にかえましょう。男も女もその方がかわいいですから。

 

明るくなってる空を見上げて昼過ぎに出かける。僕が家出た途端に雨足が強まるのホントMr.雨男だなすごいな。貯金しなくちゃと思いつつ、大きな変化は瞬時に起きないけど自分の好きなものにお金をかける日々を始めていく。成長のための読書とか映画とかって結局残らないから、本を読むことそのものを映画観ることそのものを楽しめる時の方が自分に残るものが多い。お金を払って経験を貯めることにする。

業界の偉大なプランナーの方がこんなことを仰っててすぐにいいねしたツイートがある。

一通り二通り散々と、自分の中で愛だの間の恋だの表現だの仕事だの考えてベースはできてきたと思うので、それらを時間をかけて磨いていくフェーズなんだろう27.5歳。人生100年で見たときに今、守破離の破になるための栄養分を取り込んでいくイメージ。そこに全くさみしさのない人生も味気ないだろと強がる。

 

広告界隈で話題の『ウィーアーリトルゾンビーズ』が面白かった。広告クリエイターの監督さんが楽しんで作っている。隠そうとしても出てきちゃう自分の好きな表現が踊ってる。インタビューを読むとなぜ広告クリエイターが映画を?と聞かれてこう答えている。「次第に「僕自身が伝えたいものを作りたい」という思いがふつふつと湧いてきたんです。そこから映画を撮らざるを得ない気持ちになって、また作り始めました。」この〇〇せざるを得ない気持ち、何かを創作する上で欠かせない。

「ウィーアーリトルゾンビーズ」特集 西川貴教×長久允インタビュー|フラグ折りまくり! 西川貴教、摩訶不思議なナガヒサワールドを体験 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

この対談、読みごたえがあって監督が忌野清志郎から感じた「ユーモアやニヒリズムみたいな客観性を持てば、弱い部分があっても生きていける」というメッセージは優しいし、「子供たち4人はあきらめているうえで悲観せず、淡々とヘラヘラしながら歩み続けてい」るこの姿勢を“ジャパンクールスピリット”と表現されているのとか、かなり共感。「日本は経済的にはすでに停滞しているのに、そこまで悲観的じゃないように見える」「ZENや仏教的、浄土真宗的な感覚なのかもしれない」とあるのも分かる。

作品と出会うタイミングってあると思ってて、変わらない日常に若干の諦念を持ちつつある30前、それでも悲観はしていないし、僕だって淡々とヘラヘラ歩んでいく。現実はヒーローもいないし、ラスボスもいない。ラスボスを倒したとて人生は続いていく。僕らにできることはコンティニューするだけだ。どこかで聞いたことあるな。存在を証明するということは、派手なことをすることではなく、“地味に生き続ける”ということでもある。悲しいことはあるけど涙は出ない。さみしさも一緒に連れていくだけだ。淡々と。ヘラヘラと。

映画を見てもまだ14時半。夏至。日中が長い。幸い、時間だけはある。冒険を続ける。

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331

話はとある若い研究者の「失恋」から始まる。

論文だけが生きがいの彼は、四六時中、論を考え、考えに考え、書いていた。しかし実際のところ論文なんて呼べるものなんて一つもなかった。理由は彼の研究スタイルにある。彼はいつも自分の身の回りに起こることを中心に研究していた。自分はこの時どう思うのか。事象は心象にどんな変化を及ぼすのか。そんなもん研究と呼べないことは彼も分かってはいた。それでもメモを取り続けた。考えてはメモを取り、メモを取っては「論文」にまとめた。それはあっという間に100字を超え、1000字を超え、10000字を超えた。彼は書き続けた。彼は実験が好きだった。自分で確かめなきゃ気が済まない性格だった。仮説、検証を繰り返して学説を提唱したかった。そんな彼が恋をした。彼は彼女が大好きだった。

あまりにn数が少なすぎる彼の論文は当然どの学会からも相手にされなかった。統計も何も、n=1では法則性すらろくに見いだせなかった。それでも彼は研究を続けた。時には、新しい業界の基準になるような権威ある学説にすら噛みついた。「この論文を私は否定したい!」そうやって声高らかに叫べど「なぜなら私に当てはめた場合、この部分は当てはまらないからだ!」と、否定はいつも自分の体験に基づくものでしかなく、駁説にも反論にもなっていなかった。「僕はそう思わない。なぜなら、僕はそうは思わないからだ。」と繰り返しているようなものだった。それでも彼は自分の身をもって感じることしか信じなかった。自分の身をもって、自分の頭をして、自分の肌で感じたことそれだけが、それこそが、正しいと思っていた。

誰に届くことのないメモの山、紙のごみを積み重ね、あーでもないこーでもないと一人もがく。もがきながら書く。幸か不幸か、脳内裁判1人遊びは幼少期から得意だったらしい。書いていくうちに彼は気づいた。100ある自分の感情を、100のまま残しておきたかった。どうやっても受け取る時、100は80とか50とか場合によっては170とか202になる。100を100のまま残しておくこと。彼曰く、どこかの世界の自分がそれを読んだとき、自分と同じ人がいるぞって気持ち悪くも少し可笑しく、共感してくれたらそれでよいということらしい。いつ誰がそれらの紙ごみを読み返しても100のままの自分がいる。いつ読み返しても、その中の自分の100が100のままであれば、彼は永遠に生きられるのでは、とさえ思うようになっていた。くすくす笑ってくれればよかった。論文はいくらでも書けた。

そんな彼が、失恋をした。なに、よくある話だ。この世界中に溢れかえっている失恋の1つ。一人が一人と出会って恋をして惹かれ合って愛し合ってすれ違って別れて気が付けば元通り独り独りになった。気丈に振舞ってるなという感じが出ているぐらいには気丈に振舞っていた。さすがに振られた直後の数日は目も当てられなかったが。

数日後、彼はまた今まで通りタイピングに向かっていた。外出中はいつものペンとノートを取り出した。また論文を書き始めるのだろう。元気になってくれたらいい。大丈夫。大丈夫になるための行動だ。最初のメモを見せてもらった。「三大欲求のうち食欲と性欲が、死ぬ。」とある。ははぁ、なるほど。彼は振られたことすらも論文にする気らしい。100を100のまま残す。世の中、パターン化することで零れ落ちるものも多い。数多のカップルがくっついたり別れたりしているが、だれかが恋を失ったとき、100を100のまま残している記述はほとんど見たことがない。僕は彼の研究を応援することに決めた。

もともとの彼の貧相な薄型なで肩は、たしかに痩せ細って滑り台。ちゃんと寝られてるならまずは大丈夫だと言ってやったが、人間ずっと寝てられることもなく起きてぼけーっとしてまた寝る生活を重ねる。「腹はすかない。食べてないのに吐き気はする。」「空いてないか、穴が。鏡で確認する。空いてないことに安心する。空いてないんかいとガッカリする。」彼の「論文」を今こうしてこっそり読んでいる。100を100のまま伝えるのだ。憐みも哀しみも同情も励ましも要らない。寄り添うように「論文」を読む。

 

どうやら彼が振られたようだ。失恋4日後の「論文」には「“失恋”でプレイリストを探して出てくる加藤ミリヤメドレー、一ミリも共感しない。」とある。少しづつ失恋あるあるを書くようになっている。かと思えば「人生にバッドニュースはつきものだ。だからこそハッピーがあるんじゃないか。」とどこかの洋画で拾ってきたような言葉も並ぶ。

「この切なさを全人類が通っていく道だとしたら、毎度みんなこんな気持ちになってんの?なぜ恋してんの?なに恋なんかしてんの?」と急に言葉使いが若返ったなと思えば、「愛しい」とだけ書いてある日もあって読み方に詰まる。かなしい。「Lovers Again×。もう恋なんてしない△。マリンスノウ〇。かたちあるもの◎。」どうやら失恋ソングの共感具合をランク付けしているらしかった。かたちあるものの◎の右下、小さい文字で「柴咲コウに似てたから」とある。綺麗な人だったのだろう。感情移入の仕方は人それぞれだ。

 

以下は振られて6日後の「論文」より。

タモリさん高橋さん八嶋さんこんばんは。よく青春漫画で主人公が失恋したときに、主人公の友人がそんなに落ち込むなよ、女なんて星の数ほどいるよといったセリフがありますが、太陽は1つしかないだろと私はいつも思ってしまいます。そこで思ったのですが、振られた友人にかけてあげる一番優しい言葉ってなんなのでしょうか。これってトリビアになりませんか。このトリビア、つまりこういうことになります。「振られた自分が友達に声をかけられて最もうれしい言葉は〇〇」。懐かしいバラエティ番組風に彼は自分を使って検証を始める。

「よし、次の恋いこう!」しばらくけっこうです。が勝る。そうじゃない。「そんなにいい人逃しちゃったならこりゃもう皆藤愛子と付き合うしかないね。」バカらしさに救われる。矢先、モテない代表格の芸人さんが超有名女優と結婚するニュースも入ってきたし。「ちゃんと振ってくれた優しさってあるよ。」振られる側の多い彼には最初はしっくり来なかったけど、だんだん理解できるようになってきている。「今の時代、好きな人が現実にいて、その子が生きているということだけで幸せなことだよ。」ハードルを下げる作戦に出てみたり。「好きでいるにも、我慢はいるのね」分かる。「去る者追わず、追ってもまた去る。」という言葉の破壊力。「女なんて星の数ほどいるさ」は本当にそう。そうなんだけど、言われても何も思わない。なぜなら太陽は一つだから。太陽が眩しすぎて他の星なんて見えないし、見ようとも思わないわけ。「人生に無駄なことはない」ってのはすがりたくなるぐらい、信じたくなる言葉。そうだと思う。そうだと思いたい。自然と出会えたことへの感謝につながる。「出会いと別れを繰り返し 歩いてきた道を かけがえのないものと思う 今の自分ならば」とあるのはこれ平井堅の好きな曲の一節。

そんなこんなで彼が◎を付けていたのが「振られたからってなにもしないのが一番だめだよ」という幼馴染の言葉。そうだよね。うんうん。その日から筋トレを始めてみた。腕立て伏せを1日30回。たったの30回でも思い出す度に止めることができなくて、これもしや死ぬまで続けられそうな気がしている。少しだけ大きくなったおっぱいに、温かさはないけれど。

 

10日後から17日後には失望怒りやるせなさのターンと、いとしさ会いたさ存在への感謝のターンが交互に訪れる。「そこはお相手がいることですので」とだけ書いてある。まるで芸能人が交際をスクープされた時のリアクションじゃないか。「好きな人がいて、生きててくれるだけでなんて素晴らしいことなんだ。」「好きが通じた喜びを知っちゃったからきついわけなんだが。」を繰り返し書いているあたり、彼の中で葛藤していることが窺える。100を100のまま伝えるのは難しいと、彼も気づいていた。

20日後、なんと合コンに誘ってもらって参加しているではないか。心配して損をした!ただ「合コンとはいったいなんだこれは。誰も知らないだろう。今日のメンバーに毎日胸が痛く定期的に吐き気を催している若い研究者がいるなんて。そう思うと笑えて来る。」笑えるものではなかった。「昔、家の近くにあったスーパーのポイントカードみたいなものだ。失恋ってそういうことだ。」誰かにとって必要不可欠なものが、必要不要になる瞬間。誰も悪くない。かなしさだけがそこにある。

 

話はとある若い研究者の「失恋」から始まる。

彼はチャンスだと思った。チャンスにしようとたしかに思った。振られた自分の身に起こる感覚全てをメモにしておこう、何になるでもなくただただ。大好きな人に出会えた奇跡みたいなものを抱きしめて眠る。悔しさも腹立たしさもそれ以上のかなしさもあるけれど、寝れば朝は来る。腹はいつか減る。人生は続く。こうなりゃ皆藤愛子さんと結婚しないことには報われませんよ。合コン中にまさか誰も傷心中とは思うまい。ごめん、今欲求が2つも欠けてるんだ。そうそう、筋トレを始めてみたよ。もう会えないのかもしれないけど、次会う時ほんのちょっとだけ胸がある僕になってるよ。感動するぐらい素敵な出会い方の僕らだから、たぶんきっとまたどこかでいつか必ず会えると思うんだ。今はまだとっても好きだから会いたくないけどさ。君が話してた馬刺し、いつか食べに行けたらいいなと思います。どうか早めに時間が流れて次に会えるその日までスキップしてくれ。一回でも二回でも休んで待ってるから。

 

彼の論文を読み進めていくうちに僕はある一つのことに気づいた。

元々あれだけ自分のことばかり書いていた彼が、2人が付き合っている時の論文には一切彼が出てこないのだ。付き合っていた時の彼の論文は、全部が全部、彼女についてのものだった。「こんな話をしている時は楽しそう」「こういう音楽を聴くらしい」「見つめて向き合ってくれる包容力がすさまじい」「料理がとても美味しい」「口角をニッとするのが癖?」「彼女の匂いだけを肺いっぱいに持ち帰りたい」「信じられないぐらいに可愛い」

100の好きが100以上になって伝わってきたところで僕は論文の山を閉じる。

好きだったんだね。そりゃ幸せだったね。胸の真ん中は、まだ少し、もう少し、ずっと痛い。

330

デビルマンのうたって知ってます?

渋くて短くて好きでよく聞くんですけどね、もともと大学の先輩に教えてもらったんですけどね、歌詞が気になりまくるんで書いておきますね。

ちょっと聞いてもらっていいですか。1分半ぐらいなんで。ながらでいいんで。

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聞きました?気になりませんでした?少し話しますね。

「うらぎりものの名をうけて 全てをすてて たたかう男」って男の紹介はかっこいいけどそのあとに続く能力の紹介

「デビルアローはちょうおんぱ デビルイヤーは地獄耳 デビルウイングは空をとび デビルビームは熱光線」いや、地獄耳て。まじかよ。超音波出して空も飛べてビームも出せるのに、デビルイヤーの紹介地獄耳かよ。何かあっただろ。手を抜くなよ。

2番の始まりもめちゃくちゃ渋い。「はじめて知った人の愛 そのやさしさにめざめた男」ってこちらも男の紹介はくっそかっこいい。子ども向けとは思えないさすがデビルマン永井豪先生。ただそのあとの技の紹介がまたしても、なんです。

「デビルチョップはパンチ力 デビルキックははかい力 デビルアイなら透視力 デビルカッターは岩くだく」いや、〇〇力で統一するんだったら最後までいきなさいよ。最後岩くだくってなんか収まり悪い。ちょっとパンチ力と被ってそうだし。絶対〇〇力何かあっただろ。手を抜くなって。詰めの甘い曲、そこが大好きなんです。作詞阿久悠先生ありがとうございます。

 

同じく突っ込みどころの多いアニソンで有名なのがデジモンテイマーズのOPもありますよね。

ちょっと聞いてもらっていいですか。1番だけでいいんで。ながらでいいんで。

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聞きました?気になりませんでした?少し話しますね。

出だしがすごい。テンポのいい漫才みたいにたたみかけてくる。

「そう、僕は気づいたんだ」ほう、何に?

「ずっと宿題忘れてた」やばいじゃん、今気づいたの?ずっとって何?ずっと?

「それは一つの謎 謎 謎」謎じゃねぇよ、あるとしたら君の怠惰だよ、もしくは記憶喪失!

「僕は誰なんだろう」記憶喪失!

僕ら世代のツッコミ力向上に大きく影響を与えてくれている。

 

歌に突っ込むネタで言うとナイツの「俺ら東京さ行ぐだ」と「Hallo Goodbye」の漫才がモンスタースーパーハイパーマスター面白いのでぜひ調べてみてみてください。腹抱えて涙を流して笑えます。

 

最後にこないだカラオケですごく気持ちよく歌って時に、思わず突っ込んでしまったフレーズがあったので書いておきます。BEGIN 島人ぬ宝。

ちょっと聞いてもらっていいですか。シンプルに名曲ですので。

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ハイヤ~イヤサッサ~って言いたくなるこの沖縄ミュージックがとても心に響きます。沖縄の綺麗な海、空、星、自然すべて。減っていくサンゴにも触れつつ、島人の宝に思いを巡らせみんな沖縄の風に包まれる後半それはふいに。

「トゥバラーマも デンサー節も言葉の意味さえわからない」

いや、BEGINでもわからんのかい!

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社会人6年目の春、本格的に採用の仕事をしている。採用って面白い(と書いて難しいと読んで、難しいと書いて奥深いと読む)。

いつも立ちはだかる自分の弱点、まだ見たことない面白い企画を作り出す人間にはなれないけど、聞いたことない面白い話を伝えるのはだいすき人間であるので、「聞いて聞いてよ、うちってさ」と話し出すのがシンプルに楽しい。思えば学生時代、3社内定を持っている中で「自分が一番、何やっていくか分からない会社にしよう」と思った勘がうまい方向に行ったみたい。その辺の選択は今まで間違った試しがない。というのも何を選んだとしてもべストチョイスだったなーと捉えるおめでたい性格がキテるわけキいてるわけ。

まだ上手くまとめられてない就活解禁直後の3月のエントリーシートみたいな思いだけど、ほやほやを書きたいから書く掻き立てほやほや。

 

それは3月のこと。若手で代わりばんこに入ってた合同説明会にて説明している僕を見て、入社以来ずーっとケツ拭いてもらってた恩人上司が「あんな生き生きしている彼、今まで5年見たことないです」と上申してくれたことがきっかけだ。まる5年働いてさらなるステップを作っていただいた。社会人はじめのころ「3年、5年、10年の壁ってあるよ。」と教えてくれたコピーライターの大御所の方がいるんだけど、自分なりにそれを解釈すると、3年は1人前になる壁、5年は人を巻き込む壁、10年は社会を巻き込む壁なのではと捉えている。丸5年経った今だからこそ話せる話があるそりゃ上手くいかなかった話も含めて。

説明会を見た後輩からは「あんな『で、だ!』って塾講みたいな説明会やる人、どのブースにもいませんよ」と笑ってて僕も恥ずかしくて笑ったやめてよ。きっと先天的な能力は、うんとこしょ、どっこいしょでは光らない。はいせーので適材適所、任せていただくことになった。

 

これ何がよかったかって、一つは自分の人生を考えられることだと思っている。「頼んでもないのに昔の話をしだしたら、人生の下り坂」という言葉もあるけど、頼まれて仕事の時間に自分の学生時代から社会人生活を振り返られる機会は非常に貴重で超有用。「10連休明けに憂鬱になったら、その仕事が合っていない証拠です。」という意見は多少過剰な気もしたけど、なんで働いてるんだっけ?ってのは、時期時期年次で答えが変わるいいテーマ。令和元年10連休は正直長すぎた気がして社会復帰できないかもってユーウツを打破するには働くしかないなと思ってたところ。働きたい!って強がりもあるけど、いい仕事がストレスを溶かすことを実体験で知っている。その時の感情が「どんなもんじゃい!」ではなく「ただただよかったー」であることも含めて。そして最近じゃ、ただ仕事をするではなく、仕事で活躍しなくちゃなって思ってる。千と千尋の1シーンで言うところの「ここで働かせてください!」ではなく「ここで活躍させてください!」というわけ。

 

愛社精神みたいなものの正体は分かってるようで分かってないけど、人が積めない経験値を積める面白い会社だと思っている。これからは会社に使われるのではなく、会社を使うようにならなければ、といった話がタイムラインに頻繁に流れてくる。そんな中で2020の採用コンセプトが「電通を、つかえ。」である電通さんはさすがかっちょいい。気になって調べてみたら「心を動かすことから、すべてが始まる。」と博報堂さん。「すごい会社に入るより、すごい会社を創る。」ってサイバーエージェントさんのコピーもぴったりの相応しさ。

組織と個人は揺り戻す。その人が過去に出品していたもののリストから資産価値を算出し、相互のやり取りやトラブルの件数から信用スコアを制定し、融資を行ったり後払いを認めたりというメルカリの金融事業メルペイに代表されるような「個人」の時代において、会社勤めをする理由はやっぱり1人じゃできないことをやりたいからで、そこには企業が向かってくビジョン、理念が重要だ。

思い出すのは学生の頃、夕方のニュースをたまたま見ていた時の話。その日はサケの輸入販売を行う商社マンの特集だったんだけど、その商社マンが最後に「サケで世界中の人を笑顔にしたい。大げさかもしれないけど。」と言っていて、当時学生の自分からしたらなんて部分的でちっぽけな野望なんだって戸惑ったんだけど、世の中、何で困っている人を助けるかって場所取りがあることを今は思う。その時の戸惑い、からの腹落ちを社会人になってこんな風に書いている。自分の中の文体の流行の癖があまりに強くて、いくら出ちゃいそうなんだけど。

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みんな大好き鳥貴族の企業理念って知ってます?「焼鳥で世の中を明るくする」なんですよ。店舗の店長さんもアルバイトさんも、本社の経理の方も、もちろん関ジャニ∞大倉クンのお父様も本気でそれを信じている(そうであってほしい)。なんて部分的でちっぽけな野望と今は思うまい。法人営業のやりがいの一つ、知らなかった企業を知れること。二つ、その会社の発展に貢献できること、三つ、その会社の理念の実現につながること。仕事柄、コーポレートブランドフェチというと変だけど、その会社だけが持つカルチャー、理念、哲学が好きで、会社で働いてその組織の考え方に染まるって洗脳じゃんなんて不必要にビビってた学生時代の僕よ、とても魅力的なことだと思うのよ。むしろ40年働く中で何の価値観にも染まらず自分の旗だけ立ててやっていくことの方が怪しくて、脆い気もする。

今のSONYの前身、東京通信工業の設立趣意書の文言が大好きなので書かせてください。「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」とある、この“自由闊達にして愉快なる理想工場”の字面から溢れる風通しの良さ、モノづくりの喜びたるや。企業理念に愉快って入っている会社、超よくないですか。そして実際、ここから世界を驚かせたウォークマンやペット型ロボットの先駆けaiboが生まれている。NIKEのJust do itが奮い立たせる心も、AppleのThink Differentが広げる創造性も、これらはビジョンというよりコピーの力が大きいけど、哲学に染まる喜びなんじゃないかと思うわけです。ちなみに弊社の企業理念は「宣伝・広告界の発展に貢献する」。広告業界でないのがミソ。広告業(広告会社、メディア、クリエイター)のためだけではなく、広告主を含めた宣伝・広告に携わるすべての人たちが成長し、発展していくことで社会にお金が回って経済が豊かになっていく。それを信じて働いている。広告はもはや嫌われ者という意見も散々見てきたけど、マーケティングとクリエイティブに悩める広告主(企業に個人に公官庁)は多くって、地域含めて必要な情報を届けていくことに使命を感じる命を燃やす。

ちなみに少し変わってるこの企業名は65年前、民間のテレビ放送が始まったころ、一体全体テレビCMってのはどういう風に広告に使っていけばいいんだい?っていうのを、現在のアステラス製薬、当時の山之内製薬の宣伝部長さんが、知り合いの宣伝部長を集めて議論を交わしたその議事録が創刊第一号だからである。変わった社名も何も、まんま議事録ってなわけだ。自社の成り立ちだけでへーって興味を持っていただける会社にいるのは楽しい。そう、聞いたことない面白い話を伝えるのがだいすき人間なのである。

いい会社ってなんだろうとか、モチベーション高く働ける組織ってなんだろうとか、五月病ってなんだろうとか巷じゃ一生かけても読み切れない本が出ているから、まずは自分で経験と感情を言語化していかなければならない。「この会社で働くやりがいってなんですか?」「入社してからのギャップを教えてください」「ご自身の就活時の挫折を教えてください」それ聞いてどうするの?っていう学生さんからの質問にも、うそ偽りなく分かりやすく、それでいて欲を言えば聞いた人がいいな~って思ってもらえるよう伝えていきたい。

最高経営責任者をChief Exective Officer(CEO)、最高財務責任者Chief Financial Officer(CFO)と、CまるまるOという役職が企業にはいくつか存在するが、昨今CHOなるものが出てきているそうだ。ずばりChief Happiness Officer、従業員の幸福をマネジメントする専門の役職らしく人が資産のこの産業にもきっと必ず必要なはず。元々お笑いとかユーモアが大好きで、ことあるごとに救われてきた自分だからこそできることが、そこに何か鉱脈があるのではと虎視眈々しこしこ狙ってる。ちょっと前に書いた北九州は炭鉱のスカブラもそう。かのオードリーヘップバーンも「I love people who make me laugh.」って言っている。少し採用からは脱線したけれど、一緒に働きたいと思われる担当者になりたいから元気のいい挨拶ってコスパがいいし、心穏やかに、頬にこやかに、努めて勤めて採用担当を務めようと思う。

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本当は違う言葉が正しいのかもしれないけど、心と体が時速に追いつかない日々を勝手に「怒濤」と呼んでいる。過酷とか忙殺とかネガティブな文字面はぐっと飲みこみ、変化とか激動とかその辺の感情をぐっと込めて怒濤を使う。ちなみに社会人のメールマナーの本曰く「忙」という字は心を亡くすと書くから縁起が悪くNGで代わりに「ご多用」を用いるらしい、言葉遊び好きとして覚えておかなくちゃ。ちなみに怒濤を使う理由は高校1年の頃、選択科目で書道を選んだ僕らの学年の神様ナカシマさんが、何でも好きな文字を毛筆で自由に書いていいですよという時間に「怒濤の快進撃」と書き上げた話が好きで、そこから拝借している。怒“涛”じゃ弱い。怒“濤”を選ぶ。なんでそれ書いたの?と尋ねると「なんかかっこいいから」と言われて、当時はその訳の分からなさゆえに神格化していたんだけど、今思えばただの厨二病の可能性すらあるな。ちなみにナカシマさんは自分のことを自分と呼ぶんだけど、これは「僕」から「俺」への転換期を慎重に見極めようとする余り、適切な時期を逃したからである。

 

さて、大学4年の2014年2、3月の話から始めよう。怒濤の話。

当時の予定帳を開くと、どうやったって待ち受ける社会人の前に、最後の最後の悪あがき。赤青緑に予定を塗り分け結局真っ黒カレンダー。名古屋、卒論、家探し、カンボジア、鍋、引っ越し、デート(付き合う前)、グアム、内定者研修、モノマネ番組オーディション、バルセロナ、パリ、追いコン、鎌倉、デート(付き合った後)、卒業式とひっきりなし。30時間ぐらい起きてることがままあった。計画性は度外視で体力のまま連れてってもらうことがままあった。自分の性格診断テストなんかをやると思うんだけど、どちらかと言うと保守的で、例えばお笑いをやるにしても絶対ウケる過去ネタがあれば新ネタを作らずに済ませたい人間だ。フットワークもそこまで軽くないと分かってて、考えれば考えるほど動けなくなるから、それならば考えないうちに自分をその環境に置こうというソリューション。時間があると不安になるなら、できれば忙しくしていたい。あ、間違えたご多用でいたい。AとBとCの書類を上から順番に重ねてDの封筒に入れる、いわゆるアッセンブリ作業が実は好きだったりする。

おかげで上司にも恵まれ、よちよち歩きの社会人をスタートできた。慌ただしくやってたその幸か不幸か、あまり記憶がない。卒業式前に付き合うことになった同級生は1年ちょっとで別れちゃったんだけど、こないだその子のLINEの名字が変わっているのを見て、おお、おめでとう!と思った。

 

この2019年4月、5月も引けをとらないほどの怒濤。高校の友人に誘われたり、採用説明会を任されたり、名古屋で仕事し、大阪で仕事し、仙台で結婚式の余興をやった。その間に5年住んだ家を離れて引っ越しを挟んで、史上最大の10連休はダムに沈む前の八ッ場でバンジーをして、寂れた釧路の町を歩き、知床で雨に降られ、弘前公園は桜を逃し、小岩井農場は閉館時間で入れず、わんこそばも食べ損ね、数年ぶりの夜行バスで体バキバキになりながら戻って今ブログを書いている。マイナスだけ書くとそんな感じだけどそれ以上に楽しい体験、経験ができた。創造できない僕は、経験するしかない。

休みの度に旅行に行くからって、職場の後輩から「OL」と呼ばれはじめてる。体が2つあればいいのにと思ったりするけれど、今のスキルセットのままの僕が2人いても使えない気がする無用の長物コピーロボット

 

チラシの裏紙に〇日棚、〇日キッチン、〇日粗大ごみと計画だけは一人前なんだけど何一つ手を付けてないから呆れて笑われて引っ越しは大変だ。埃を吸いすぎる。咳と鼻水が止まらない。告白しなかった恋はどこへ行くんだろう。ほじらなかった鼻くそはどこへ行くんだろう。願いましては97点の本、漫画、雑誌を中古で売って3510円ナリ。105円と108円が混じるBook-offに時代を感じる。
その合間にも名古屋へ行って働いて、大阪行って働いた。新幹線でPCをいじるとなかなかに酔う。「明太子マヨネーズ明太子マヨネーズ明太子マヨネーズ明太子」って大阪の後輩がメッセージくれるやめてくれ。新宿の地下より大阪駅の地下の方が迷宮だと思うのですが、これってトリビアになりませんか?日帰り大阪、帰りの新幹線では結婚式 名言をググるよ。0時過ぎに家に着いて7時間後には仙台へ向けて出発する怒濤。怒濤は繰り返される。お願いです、出発前の飛行機とスタバとPCをSNSにあげて「エアポートおじさん」を僕がやってたらどうか気兼ねなく戒めてください。それと、クリスマスの24日深夜に子どもの寝顔とプレゼントを撮って「任務完了」ってあげてたらどうかボコボコにしてください。「平成生まれ 自己顕示欲 消化?昇華?」で検索する。

 

久しぶりのこの感じ、時間と体力の原資を意識するも体がついていかない感じ。仙台の彼に久しぶりに会う。18から知っている彼よ、結婚おめでとう。そして零れる笑顔が素敵な新婦さん、余興を頼んでくれてありがとう。そして何より平井堅さん、今回もまたウケましたありがとうございました。

 

大阪樟蔭女子大名誉教授の夏目先生がライフイベントのストレスを数値化していて、それによると結婚のストレスは50点。引っ越しは47点らしくけっこう高いな。この1年のストレスが300点を超える人は気を付けた方がいいらしいんだけど、なにも警鐘を鳴らしたいわけじゃなくてさ、今のストレスを客観視することがとても大事。アンハッピーだけじゃなく、ハッピーすらも時にはストレスになるんだから。無事でやってる?ちゃんと寝てる?なにもなかった退屈な1日たちが、有事の際に踏ん張ってくれる力強い1日になるって信じてる。

https://www.nhk.or.jp/special/stress/01.html

 

上京し損ねた埼玉は小手指の6畳一間の2年間。畑に囲まれた熊本より田舎の暮らし。

都内に憧れて2年で所沢の科目を取り終え飛び出してきた下落合の2年。

そして一人暮らし3軒目。干川が千川に住んだらうけるかななんて企みは「え、干川が千川に住んでるの!?」って言われても返しの正解を最後まで見つけられず、ことごとく変な空気にしちゃったんだけど、社会人よちよちの頃を支えてもらったいい街といい部屋でした。30㎡以上の広さで風呂トイレ別に6万台で住めた千川は素晴らしいよほんと。星の綺麗な千川で、季節関係なく見上げたオリオン座。下に住む大家の子どものドタドタ。10年近い一人暮らしは思い出だけでなくモノも増やしてて、結局引っ越しの日は40時間ぐらい起きていた。怒濤。やれやれ、怒濤。

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A地点からB地点へ。B地点からC地点へ。万物は流転する。流転する事実だけが、流転しない真実。サンセットサンライズサンセットサンライズ、「百年はもう来ていたんだな。」っていう夏目漱石夢十夜。気づいたら元号も変わってた。

元号とは、見えない時の流れに名前を付ける行為。怒濤に置いて行かれそうな時こそ、怒濤を書いておかないと。いつか思い出す平成も令和も、昔住んでた家も、可愛がっていた後輩も、あちこち行った話も。

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高校の友達とずっとアホみたいに仲良くしてる。仲良くしてもらってる。軽く10年ぐらい経ってるわけ。人間形成にめちゃくちゃ影響されてるわけよ。で、みんなが集まってわいわい話してると、ふと昔好きだった人の話にもなったりするのだおじさんだ。


「きゅんって、何の音ですか?」ってカルピスのコピーが昔ありました。100周年イヤーなんですって今年カルピス青春の味。男は昔の恋人を「忘れない」のではない。男は昔の恋人で「できている」のだ。って燃え殻さんは言ってた。自分史を振り返るとき、時々の経験と感情が自分を作ってくれてるのだとしたら、もうこれは避けては通れない気がするからちゃんと書いておこうと思う。別に死ぬ気もないし余命80年だと思って生きてるけど、書かなきゃ死ねないことがある。今の僕はあの頃のあの子からもらったきゅんでできている。2人には、2人しかわからない理由で笑ったり喜んだり泣いたり照れたりすればいい。初めての彼女が最強だった話。


高校1年生の夏、初めての彼女ができた。
僕の初めてちゃんとお付き合いした人は高校の同級生なんだけど、実は中学から同じでなんなら中3クラスメイト。ところが当時はお互い何の思い出もないぐらい、話したことあったっけ?ってぐらいそれぞれの充実したジュニアハイスクールライフを送ってたわけである。ほんとを言うと僕は中学時代も話したことを覚えていて、中1の僕のBMI(体重と身長を煮たり焼いたりして算出するやつ)が16しかなく一部の学年の噂になった時に、他クラスのその子から「BMI16ってほんと?」ってつぶらな瞳で話しかけられたのが最初の会話だったんだけどまぁそれはいいとして。

んで高校入って同じ中学ってことで親近感。「クラスどんな感じ?」とか「教科書どれがいるかな?」とか連絡取り合ったりし始める中で、気づかない筈がないぐらい可愛くなってるんですその子。化粧とか一切しなくても大人っぽくなっててそりゃもうめちゃ可愛い。高校デビューの劇的ビフォーアフター。その時期廊下ですれ違うと、向こうは何の気なしに「よっ!」とか声かけてくれるのだけでわしゃ照れまくったりして。誰あの子、知り合い?うらやま!教えろよ!って友達も羨んだりしてくれるシビれるすっぱさ小っ恥ずかしさ。

当時、まだ友達の間柄。会いに行く口実の1つが彼女が持つ漫画ワンピースの貸し借りだった。感想聞かれて、大ファンである彼女のご機嫌を損ねないよう「船員たちがいい感じだね」なんて、なんだそのコメント置きに行ったりお気に入ったりしてた。

で、7月ごろだっけか、好意が溢れまくっていてもたっても居られなくなり電話で告白をしたらまさかの保留。保留!?なんでね!?けど保留ってのは振られてもない。振り向かせる努力もまた楽しい。

 

熊本ってね、熊本城の花火大会があるんですよそいつに誘ってみる。お姉ちゃんの浴衣がある、などと仰るもんですから、そりゃもう是非着て来てくれませんか?とお誘いを。当時の自分なりの精一杯「あー、けどだめだ、○○さんが浴衣を着て来てくれたら花火なんか一切目に入らなくなっちゃうな笑」みたいなメールの履歴。「まったく、どこのイタリア人よ!」って返ってくるメールも愛しい。

当日、流行ってたRIP SLYME熱帯夜聴きながらバスで向かった覚えがあって、今でも熱帯夜聴くとどきどきするのはそのせいだ。そういうのありますよね?好きな子専用のメール着信音みたいな。

待ち合わせ場所、浴衣着てるその子は熊本で一番なんじゃなかね!?ってぐらい似合ってて、しかもお姉ちゃんにやってもらったのって髪型もとっても可愛く結ってあってスターウォーズレイア姫みたいだった。僕はまぁそうだな細くてかちこちのC-3POみたいな。人混みを歩いて歩いて芝生の広間に腰掛けて、付き合ってもない保留中の2人。時間ぎりぎりに行っちゃったから場所が埋まってく中、僕らが座った位置が花火の発射位置に近かったのかな、つまり結構見上げなきゃいけない角度で首が痛くなる。見えにくいねーなんて2人で笑って。で、先に僕が芝生に寝っ転がって「これ楽でいいよ、○○さんもどう?」って言ってみたけどその辺のデリカシーのなさはずっとあるな。芝生が浴衣に付いちゃうし何よりせっかく結った髪型が芝生まみれになっちゃう。

ためらう彼女にすっと腕を貸してあげたのは我ながらグッジョブ。筋肉量が落ちてやせてる今の僕じゃ考えられないけど、当時は野球部でそれなりに力こぶもあったから少しは役立ったのでは花火見ながらの腕枕。ドッキリドッキリどんどんってこのことよ。きゅんって、何の音ですか?

 

お気に召してくれたのか帰りの坂道、人混みを腕を組んでゆっくりゆっくり歩いた。心臓が今にも飛んできそうな爆速。翌々日、朝起きたら保留の答えが返ってきてて寝起きでまた爆速。でも明け方4時ぐらいのメールに、いや、記念日が分かりにくいよって笑った。二人で花火の日に決めた。

日々のワンシーンから思い出が尽きない。

公園デートしてタンポポの綿毛をふと手にした彼女。ふーって吹くのかなぁ愛らしいなぁって思って見てたら手のひらで挟んですりすりすりって竹とんぼ飛ばすみたいに動かして、綿毛全部その辺に散った。風に運ばれるはずが全然飛んでいかず茎は折れて笑った。僕がツッコミどころが多い人が好きなのは間違いなくその子のせいだ。

思春期、調子乗って名前を呼び捨てにしてみたけど、わたしはあんたのもんじゃない!ってちゃん付けを義務付けられた。そのせいなのか、それからの人生、僕は好きな人を呼び捨てにしたことがない。男は昔の恋人を「忘れない」のではない。男は昔の恋人で「できている」のだ。

高1の僕の誕生日には自分の好きな曲を集めたベストアルバムを作ってくれた。シャッフルで聞かんでね!この順番通り聞いてね!ってお手製のコメントカードとともに。一曲目RADWIMPSふたりごと』。今からお前に何話そうかな、で始まる出だしにぴったりな曲。二曲目がいきものがかりの『コイスルオトメ』。はじめてのチュウの英語のバンドバージョンもあったりして前半は恋するゴキゲンな曲が続くのにアルバム17曲のうち終盤4曲ぐらいはなぜだか切ない曲ばっかり集めて、なんなら失恋ソングまであって嫌がらせかよ(笑)ってコメントカード見たら、"このアルバム聴いたら最後らへんに切なくなってわたしのことを思い出してほしいから"ってやりよる。そうなのだ、お気付きの通り最強なのだ。すぐにメールした。まいりましたと。

メールで言ったら、"明日朝起きたあたしをきゅんきゅんさせる一言をよろしく。ではおやすみ"っつって寝てた彼女の無茶ぶりが、その毎日が、確実に今の僕を作っている。あのとき調べた世界の名言集とか愛の言葉とか、その引き出しが今僕をクサくしてる。コピーライターの学校で働いてるのもきっと大いに影響されてる。「What to say」と「How to say」何を言うかとどう言うか。「大事だ」とか「気にかけている」を伝えなさい。ただし「愛してる」や「大好き」は使わないものとする。そんな問題をずっと解いている気がする。

そうしたメールのキャッチボールを通して、大好きって言われるより大事って言われる方が嬉しいことを知った。不意にくる"私もあなたのことが○○○。"ってメール。"当ててみて?"ってまたすぐ無茶振り。大好き?って答えたら、"だいじ、だよ。ひひひ"。っていや間違いかよ恥ずかしい。けど読むたびあとからじわじわ嬉しくなって、そんなもんで保護メールはすぐにパンパンになった。

眠たくて仕方ないけど遅い時間までラリーに付き合ってくれた日の"おやしみ"って送られてきたメールですらいとおしい。一時期気が触れたのか、彼女の小さい頃の写真待受にしてましたからね。恋は人をおかしくする幸せです幸せでした。

立田山って熊本の山、チャリ漕いで50分ぐらいかなちょっとした遠出のデートに出かけるときは"わたしおにぎり作るからあなたおかず担当ね"って普通逆じゃないですかね?ほぼ初めての料理、目玉焼きとかキャベツ千切りにしたりとか冷食からあげを散りばめていざ山ついて食べようと開ける瞬間、フタ側と間違えて全部原っぱにこぼした。申し訳なくて凹んだし彼女爆笑してるし僕も笑うしかないし。キャベツが芝生に消えたwwwって。

渋谷の109も原宿のクレープもなかったけどさ、山とか湖とかでデートできた青春はちょっとした自慢なのだよ。水の美味しい熊本で自然に湧いてる江津湖の奥へおんぶして歩いたりして、行けー!進めー!って彼女。誰も居ないところで2人腰かけてイヤホン片方ずつにしてRADWIMPS聞いてる夏の終わり。木漏れ日。水面のきらきら。

いつも坂登って送って帰った帰り道の度に買ったピュレグミもそのまま甘酸っぱい。なけなしの小遣いすらも甘酸っぱい。

 

写真写りのよろしくない彼女が一枚だけいい顔してる写真があって、文化祭で漫才してる僕を少し離れたところから見て笑ってる写真がすごく素敵なの。少し離れて、ただでさえ小さい顔がさらに小さく写ってるの。僕が一回も勝てなかったあのニコって笑顔してるの。

成人式も旅行も一緒に。お互い東京に出てきて、誕生日にもらったCDは6枚を重ねる。結婚の話もしてたけど、当時なりに本気だったと思うのよ。

 

付き合って7年目、別れるときは別れる。お台場の海を見ながら"もう好きじゃないんだよねぇ"って困ったように言われてちゃんと振られた。困ったのは僕の方なのに有無を言わさず完敗。僕も至らぬ点が多々あったと自覚している。2人には、2人しかわからない理由で笑ったり喜んだり泣いたり照れたりすればいい。

もうこれ誰とも付き合えねぇんじゃねぇかって本気で思ってたけど、ちゃんと振ってくれたからちゃんと次に進めたよって今でも少し強がってみる。

 

交わった直線が通り過ぎていっても時々現れてくるのはもうちょっとした魔性。社会人になってからもたまのたまに、「仕事でミスして凹んでるから、あんたの失敗談よこせ」って変わらない無茶振りに笑う。必死で頭回して「東大出身の会社の後輩が僕の話だけメモ取らない!」って返したり。

人って変わらないと思ってて、上手くいかなかった2人は上手くいかなかった理由が変わらないから縒りを戻してもきっと上手くはいかないんだけど、その人を好きになった理由もその人自身も変わらないから、あーこの部分が好きだったなーって懐かしくなることがある。気づいてるか分からないけど君の好きなところを、僕は大好きだったっぽいです。

 

 

 

 

いまでもたまに話すと毎回コテンパンにやられる。どこまでも好きになれることとか、あなたは私の青春そのものとか、おかげで素晴らしい青春でした!って胸張って言えるから、10年前の僕へ全力で大事にしなさいよ。結婚もしないし、君は振られるんだけど、大好きになって然るべき、大事にして余りあるような人だ。ちょっぴり変で、純粋で育ちが良くて楽しい人で、どうも僕には優しくはないんだけど笑顔が素敵すぎる人だよ。例えば付き合って半年後ぐらいに「わたしあなたと付き合ってから周りに可愛くなったねーって言われるようになったよ!あなたのおかげかな?」って言ってもらえるから、そういうボーナスポイントに都度胸張っていいからさ。

 

大人になって、気まずくないの?と聞いてくれる高校の同級生の優しさ。心配ご無用、上記の理由で今じゃ感謝しかない。唯一、嫉妬するとしたらあの子面白すぎません?なんなん、一生敵わんし、叶わんし、最強。

高校の同級生で10年経ってみて果たして一番可愛かったのは誰なのかってアホランキングも、ほしかわ票は迷わずその子へ。1人10票持ちでも10票全部投票するぐらい特別賞の殿堂入り。胸キュン部門1位、変な人部門1位、面白い人部門2位の僕に大差をつけて堂々の第1位。最強。僕が昔付き合ってた人、最強。

 

千原ジュニア師匠『あながち、便所は宇宙である。』の中にこんな話がある。実は『笑』という漢字は解釈を間違えたまま中国から伝わっている、と。人が笑うのに、なぜ竹冠なのか、と言われて確かにそうだ。実は本来『笑』は「咲く」という意味であり、では『咲』こそ口偏がついてますから「笑う」という意味であるらしい。好きになった人の漢字っていつまでも破壊力がありますよね。

 

余計なお世話ですけど、幸せでいてほしい人がいまして、その人にはいつ何時もずっと大爆咲をしててほしいな、と思ってます。

おしまい。