身の回りに多いせいか、先生という職業を無条件に尊敬している。教育という仕事を無条件に面白がっている。
先生との出会いで人生変わりました。とか、先生からもらったあの言葉一生忘れません。とかが、本当にあるってことを知っている。
何というか、小さいころから「あぁこれは僕ら児童の積極的な発話を促すための質問だなぁ」なんてのを子どものくせに感じ取って、そのためにベストパフォーマンスを尽くしてきた自負がある。よくもわるくも。
「ちゃんとやる」って、1つの美学。「真面目にふざける」って、1つの責務。
「あんたがおると授業がやりやすかったもんねー」って卒業してから恩師に言われることがあってシメシメ、メシウマ。
前置きはこれくらいにして、好きな先生がいる。
その先生は見た目は小さくて華奢で可愛らしい。それだけでもう僕ら男子は毎日学校にくるのが楽しくなる。とは言え、侮るなかれ。意外とはっきりモノを言う。教育方針が違うと、同僚の先生にも顔を真っ赤にして反論する。真面目で一所懸命でけっこう我が強くてワガママでたしかB型だった気がする。
いたなーそういう子。中3の同じクラスに。見た目の可愛らしさからやたらモテて、付き合いましょうだなんて男子みんなが告白しては次々にフラれていって僕もその1人。卒業式の次の週に気まずさを乗り越えてほぼ初めてちゃんと話せて理由聞いたら「高校まで彼氏は作らないって決めてるから」ってそれだけ。それだけかい。笑
文化祭委員ではなかなか出し物が決まらなくって、女子たちがバチバチやってるっていうあるある。班長の僕はもう早々と戦力外通告されて外からまぁまぁなんて見てたんだけど、その中でも一番顔を真っ赤にして反論してたなぁ。そういうとこがなんか好きだったんだよなぁ。
そうそう、その先生の好きなとこは裏表が全くないとこ。怒るときはすげぇ怖かったけど、初めての理科社会で躓いてほしくないからって、本気で準備してくれて時間割いてくれたりして。僕らに気を遣わせたくないからって意地張って、その努力を見せないようにしながらも、たまにある自虐モードの時なんかは「先生の話なんか誰も聞いてないよね~」とか、「今日先生疲れてるからピアノ間違うちゃうかもな~」とか言っちゃって。んで子どもたちが励まして先生肩揉もうかーとか言ったら、「あ、じゃあこっちの手もお願い~」っていや、甘え上手かい。笑
ドッジボールすごい本気でやってくるし、うっかり「調子乗んな」的なこと言っちゃってあとで保護者だか先生同士だか注意を受けてたり、あとたまに泣いちゃうとことかも。純真で人として魅力たっぷりで、勝手に神格化して眺めてた。それだけで学校が楽しくなった。
中3のそのモテ少女中村さんとは僕らグループ全体、全然ハマってなかった。自分で言うのもなんだけど中学は一軍に属していたんじゃないかなって思ってる。一軍の中にもイケメン担当のオサジ、スポーツ担当のけいすけ、ヤンキー担当のマサキ、チビ可愛がられポジションのノボリ、真人間の僕、デブ川畑っていうけっこう面白イケてる感じだったと思うんだけど、どうにも中村さんにハマってないの。あとで聞いたらなんか怖かったんだって。いや、思春期。笑
中3ぐらいの自分は特に暇だったのか毎日丁寧に日記を書いていて、おかげで断片的、けど鮮明に覚えている。タイマーを川畑の机の引き出しにセットして授業中にジリリリって鳴らしたり、給食の梅干しを天井に投げて貼り付け、粘着力がなくなったタイミングで川畑の机の上に落っこちてくるような遊びが流行ったり。
入試が終わって卒業を待つ数日、担任の短パン先生は総合の時間、僕らに将来の夢を発表させる。そういうのこそちゃんとやるっていう美学。真面目にふざけるっていう責務。僕がなんて言ってウケたかスベったかは覚えてないんだけど、中3にして94kgあった川畑に「将来の夢は力士です」って言わせてウケたのは覚えてる。「なん、お前本気で言っとっとや?」って短パン先生も乗っかったりして。で、1番しっかり覚えているのはやっぱり中村さん。緊張で顔真っ赤にしながら「将来は先生になります!」って言ってたな。
卒業してひょんなことから先生に会いに行ったのは2016年の秋。たまたま福岡に遊びに行く予定があって意を決して連絡してみる。夜なら時間取れるかもって夜のしじま北九州のほう、初めての駅を乗り継いで会いに行く。駅に迎えにきてもらう。
いや、年取らないんですか?ってくらいに変わってなくって、大好きだったあのままだ。地元ホークスのファンだという割に、選手名が5人も言えない先生のおかげですぐに緊張はほぐれた。地元の居酒屋みたいなところに行く。車の先生はウーロン茶を頼む。「今僕こんな仕事してまして。こうでこうでこうやって広告って成り立ってるんです。」「へー、でコピーライターってなんする人?」「あれ?聞いてました?」みたいなくだりがいとしい、いと楽しい。
幸い(ってのも変な話だけど)、まだ独身だったので先生は結婚とか考えてますか?って聞いたら「手相によるとね」って、いや手相かい。笑 「違うんだよー、こないだ手相見てもらったのよ、親戚のおじさんに」って、いや親戚のおじさんかい。笑
まっすぐな人だなぁ。汚れてないなぁ。すごく目線が近く、ドッジボールもガチでやってるらしい。人としての魅力がめちゃめちゃ溢れてて、中3の俺の見る目、確かすぎるな。
今って雑誌は売れないけどでも女の子って可愛いものとか意味もなく持ちたがるじゃんビー玉とか瓶とかさって話で、「あたしもあるわーっ」って聞いてみたら、段ボール集めてるらしい。いや、それあなた教材用でしょうよってほらまた可笑しい。図工の時間も一緒になってやるらしい、はい次、先生に交代ってほらまた可愛い。
もし僕の人生を映画化することがあるのなら、この晩の僕と中村先生の食事シーンは必ず入れたい。視界の全部がきらきらしてて、台詞の全部にきゅんきゅんしたから。
勝手に片想いして一ミリも叶わなくて、告ったばかりに気まずくなって卒業するまで下半期一度も話すことのなかった中3のアイドル中村さんが卒アルにたった一言だけ書いてくれた言葉がある。
「言語能力の高さに驚かされました。」
恐らく僕の好意に気づいていたであろうあの子からもらった言葉は、私も、とかごめんなさい、とかを一切場外にふっ飛ばしてて、そりゃあ戸惑った。戸惑ったけど、見てくれてたんだなってなんだか嬉しかった。
人生、ささいな振った振られたで終わらないから面白い。話は続く。
高校1年の夏。他校に進学した中村さんから突然のメール。「今あたしのハンド部でTシャツ作るんだけど、何か良い文章ない?ほら、そういうの得意だったじゃん!」
戸惑ったけど、見てくれてたんだなってやっぱり嬉しかった。思えば、人生初めてのご発注である。考えた。ノート広げて、世界の名言集を読み漁っていた頃を思い出す。
いくつか考えた中で僕が一番自信があったのは
「ごめん…、やっぱハンドが好き!」
だった。何のひねりもおかしさもない。でも一番先に浮かんだお気に入り。高校生、思春期。色恋沙汰も多いだろうこれからの3年間で、この人には、ずっとこの台詞を言い続けて欲しかっただけなのかもしれない。
提案はすごく感動してもらえた。たしか採用されて実際にTシャツができたんじゃなかったっけ、実物見てないから何も言えないんだけど。
恥ずかしいけど本当の話。あの時の「言語能力の高さに驚かされました。」だけで、それだけで生きていけてる僕がいる。思えば、言葉とかコピーとかが身近な仕事に就いたのも何かの縁と何かの不思議で、こりゃがんばらなくっちゃと思ってる。
別にオチにするつもりは全くないけど、わりとこのあとすぐ、中村さんには彼氏ができました。
同じハンド部の。いや、へい!笑
好きな先生がいる。
というか憧れのあの子が先生になった。
憧れのあの子からもらった言葉だけで生きてる僕がいる。
きっとあの頃の僕らみたいに野郎どもは学校に行くのが楽しくなっている。
きっとどこかで同じようにときめいている僕がいる。